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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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#日常

短篇小説「某気茶屋」

短篇小説「某気茶屋」

 そう、ここは繁華街にある居酒屋『某気茶屋』。今日も我が店は、あらゆる「気」にあふれている。

 その原動力となっているのが、各店員がそれぞれに放っている「気分」である。我が店ではスタッフの個性を重視して、各人の胸の名札に、苗字とともに「その日はどんな気分であるか」を表記している。その日の気分によって、挨拶も必然的に変わる。

 ここがもしも『やるき茶屋』であるならば、店員の気分にかかわらず、注文

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短篇小説「ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ」

短篇小説「ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ」

 強く細かな雨がノイズのように降り注ぐ平日の昼下がり。差した形跡のない白い粉を吹いたビニール傘を手に、濡れそぼった姿で我がオフィスの会議室に現れた自称23歳の女は、面接官である私の目の前で、恐るべき志望動機を語ったのであった。

「《ABCマートの店内でだけ流れてるラジオ》番組ってあるじゃないですか?」

 聴取率30%台の番組を語るようなその自信にあふれた声のトーンに、私は「ですね」としか言えな

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