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戦争、格差社会、PTSD……いま、痛いほど沁みる80年代の名作少女漫画『ぼくの地球を守って』

【レビュアー/こやま淳子

色あせることない少女漫画の名作

同世代の少女漫画好きと話していると、必ず話題に出る作品がある。「ぼくの地球を守って」もそのひとつだ。初期の絵柄はコミカルなラブコメタッチなのだが、これが思いのほか壮大なSFストーリーへ発展する。「ぼく地球(タマ)」と呼ばれ愛され続けてきた名作で、男性にも女性にも世代を問わず薦めたい作品である。

しかも最近読み返したら、ストーリーの面白さは色あせることなく、さらに当時(1986年〜1994年)読んだときよりもしみじみと心に入ってくるものがあった。30年以上経って、ぼくタマのテーマは、ますます時代に沿うものになってきた気がする。

戦争、格差社会、PTSD…現代に通じるぼくタマのテーマ

まず、これは前世を共にする男女7人が現世で高校生(一人だけ小学生)として再会するという話なのだが、その前世での死因が全員同じ、ある感染症なのだ。そんでもって、現世に持ち越してしまった遺恨のもとになっているのが、「ワクチン打った打たない」の話なのである。うーむ。でもこれはまだ表面的な話に過ぎない。

もっと大きいのは、人の心の闇や恋心を描きながら、それが大きく彼らの出自に関わっている部分である。

戦地で自分を襲ってきた兵士を、ESP(超能力)で殺してしまった少年・紫苑。その紫苑がリアン(シスターのような存在)に返す言葉は奥深い。

(人の命を殺めるのは罰されるべきことですよと言われ)
じゃあ生き抜くことも罰されるべきこと?
(手を出すより先に話し合いなさいと言われ)
そんな決まり作ったって平和なとこでしか通用しないって
オレ知ってんだぞ!

平和だった80年代、私たちもまだ子どもだったし、このセリフの深さはあまりわかっていなかった。緊迫する世界情勢やコロナ禍という時代を迎え、この理想論が空まわりする感じ、なんだかいまの方がズキズキと心に刺さる。そして紫苑の激しい戦争への憎しみも、あの頃よりずっと深く理解できるのだ。

紫苑の孤独は、やがて成長し、立派なエンジニアになった後も心の奥底を支配しつづけ、木蓮や玉蘭といった恵まれた同僚たちへの刃となる。お坊ちゃんでストレートな性格の玉蘭が紫苑にかけた優しさが、帰って紫苑を傷つけるシーンなどは、格差社会の悲しいすれ違いを描いているとも言える。

ひねくれた性格ゆえに冷酷な言葉を投げかけてしまう紫苑のことは、当時も好きだったし、いまもやっぱり好みのタイプではあるけれど、こういう性格の人がグループにいると辛いだろうなーと社会人になったいまは思う。

さらに紫苑の現世の姿である彼(ネタバレになるので誰だかは言わないが)も、オイオイちょっと、いくらなんでも暴力がすぎやしませんか?という場面もあるのだが、しかしそれもこれも仕方ない。

なんせ彼も紫苑も過酷なトラウマを抱え、PTSD的な病に犯されてしまっているのだから。そう、紫苑は「ちょっと冷たくてかっこいい」くらいのキャラなんかじゃなかった。戦争の犠牲になった男が、前世から現世に渡ってやっと治癒していく物語、それがぼくタマだったとも言える。

おもしろいのは、ここからさらに恵まれたキャラであるはずの木蓮の孤独にも切り込んでいくところなのだが、そこはぜひ本編で楽しんでほしい。

私は歌を歌うと木々が成長してしまう彼女の能力は、この地球温暖化が切迫したいまこそ輝いて見えると思った。どこかの企業がSDGsのキャラクターに抜擢してもいいんじゃないか。そんなことを思いながら夢中で全21巻を読み終えてしまったのだった。