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#8 おイモ店長 その②

「憧れのファッションブランドのMDになってやる!」

自分が物心ついて初めて掲げた将来の夢・・・いや当時は「なれる」と思っていたので『夢』ではなく、『目標』だった。

そしてそれは、アルバイトとして初出勤した、わずか数分でバツを付けられた。いや、正確には「バツを付けられたように感じた」が正しい。

モデル並みのルックスの持ち主であるK店長からダイエットを指南された私は、この日から1日のうち8時間以上を美容やファッションの努力に費やした。

若いうちしか許されないような明るく傷んだ茶髪は、毛先を切ってもらい、月に1回美容院でエクステを付けてもらって、毎日アイロンで1時間半かけて巻いた。(不器用なので)

化粧品はドラッグストアではなく、大丸や三越に行き、チーク1つが6千円(!)のようないわゆる『デパコス』で揃えた。

そして靴も常に10センチ以上のヒール。
これは154センチのずんぐりむっくりな体型を、少しでも縦に伸ばして見せたいから。

とどめは、丸っこくてシジミみたいな爪をのせていたクリームパンにしか見えない手にも、スカルプネイル(爪に長さを足す技術)をほどこしてみた。

もはやお客様のためのブランドイメージを保持…ではなく、K店長からそのブランドの販売員として認められたい一心での努力。

そして、以前K店長から「あと5キロ痩せようか」と言われていた私は、なんとか3ヶ月で3.4キロまでは落とせた。

「こんだけ努力したんだから!」と私は自分を信じ、毎日笑顔で売り場に立っていた。

*

とある日の閉店後、必死に商品整理をしている私に、K店長は真顔で近づいてきた。

K店長は、いつも笑顔なのだが、この日は私の目を見据えて、口を開く。

「あのね、あいちゃん(私の下の名前)、この仕事は、お客様に『羨ましい』とか『こうなりたい』とか、そういうことを感じさせないといけないの。
つまりね『あの店員さんみたいになりたい!』と憧れたお客様が、お金をこのお店に支払って、笑顔で服を買ってくれるのね。
でさ、うちの子達を見て。みんなXSか、Sサイズだよ。」

うちの子…K店長がそう呼んだのは、私が入社する前から在籍していた、20代前半の2人のアルバイトさんのことだ。
K店長が採用した、読者モデル系で可愛くてスタイルの良い2人。
たしか「ちぃ」と「みお」だったか、そんな愛称で呼ばれていた。

「あぁ、そうか」

わたしはそこで悟った。

K店長は未だにMサイズを装着している私の体型を、目標未達とみなした。
目標のマイナス5キロに対し、あと1.6キロ頑張れなかった私を見逃さなかったのである。

つまりK店長の「うちの子」テストは落第という結果だった。

慰める様子なんて全く感じられなかったが、K店長は少し優しい口調で続けた。
「あ、エクステとかネイルは、すっごく良いと思うよ、前よりそっちがいい」

エクステとネイル・・・どちらも私自身ののタンパク質成分は含まれていない、造り物だ。褒められたのに、そこさえ喜べず深く落ち込んだ。

そしてK店長はマルボロメンソールを片手に、煙草休憩に入った。

私は頭が真っ白になった状態で、手元のウールニットを畳んでいた。

が、店内は私1人でなかったことを思い出す。バックヤードから出てきた「K店長の子」である「みお」と目が合った。

おそらく会話を聞いていたであろう彼女は、とても気まずそうな表情。
その顔を見て、私は我に返る。

私は「ふふっ」と彼女に笑いかけて「ね、いつも何食べて生きてるんですか?いいなぁ、私も瘦せなきゃなぁ。今日の夜ご飯、何食べるんですか?」と笑顔でその場を取り繕う。

彼女は私の2歳年下。いつも敬語は使っていないのに、明らかに動揺が隠しきれていなかった。

なかなか、イモなりに、つらかった。

#9 おイモ店長 ③に続く



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