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いつか「死」に慣れてしまう、かな

朝の回診前カンファレンスで告げられる。
「昨晩20:00ごろ...かな、昨日の新生児科の腸炎の...うん、お亡くなりになられました」

※今の自分の感情を残しておきたくて書いています。ここから先もしかしたら人によってはショッキング過ぎる内容かもしれないです。

***

話はその前日に戻る。予定されていなかった手術が入った。患者は、25週で生まれた生後3週5日女児。

いわゆる早産児だ。その未熟さゆえ、大人にとってはただの腸炎が命取りになる。小さな臓器にすぐ炎症が広がり、お腹の中はばい菌いっぱいのお水で膨れていた。腐ってしまった小腸の一部を切り取らないといけない。

保育器の中に入ったまま、手術室に入室した。

医学生の私は、病院臨床実習として1学年下の後輩と一緒に手術室の端っこで邪魔にならないように座っていた。麻酔科、外科、小児科の医師と、看護師がわらわらと準備していた。いつも通りの手術前だった。赤ちゃん用の全ての道具があまりにも小さかった。

「じゃあ始めまーす」
「お願いしまーす」
小さなお腹にメスが入った。

ただ見学していた。新生児の手術なんてなかなか見られないから貴重な機会だと思った。勉強になるな、と思っていた。

患者(赤ちゃん)のお母さんのカルテを確認してみる。出産時の状況や、背景として母体に何かあったのか病歴を読んでいると医師記録や処方状況の間に挟まった、看護記録が長文だった。

「とにかく今は1日でも長く生きてほしい」
「私が早く産んじゃったって自分を責めてしまう」
何だか胸がきゅっとなる。

手術はその間、腸全体が露出するところまで進んでいた。赤黒く腫れていた。お腹に溜まっていた水は、中に含まれているばい菌を調べて今後の治療に活かすため、小さな試験管のような入れ物にとり置かれた。

「あー、どうすっかな。とりあえず戻るまでストップで」
医師の声。ピコンピコンと機会の音が鳴っている。あれよあれよと血圧が下がる。心拍数が上がったり下がったりを繰り返す。まだお腹を開けただけで、腸は切り取れていない。

だんだん手術室の人数が増えてくる。医師があちこちから集まってくる。新生児科の先生が心臓マッサージを指先で始める。500円玉くらいの小さな心臓。たくさんの薬が追加される。

見たことない心電図波形が画面に現れる。私と後輩は何もできないのに、おちおち座っていられず立ったまま状況を呆然と見ていた。とにかく動線の邪魔にならないように。

どれくらいそうしていただろう。
「閉じて、戻ります」
心臓マッサージの末、とりあえず心臓が戻った。病変部はまだ切除できずそのままだが、傷を閉じた。つまり、手術はストップ。病室に戻る。

「もうだめだ、衝立とか準備しといて。すぐ、お母さんに俺から話すからそういうことで」手術室から病室に連絡がいく。何もしていない自分だけど、涙が出そうになる。

そういうことって、そういうこと?どういうこと?

衝立は新生児用の集中治療室の中で、周りとある程度隔ててプライベートな空間を作るために使われる。赤ちゃんと家族が最期の時間を過ごすために準備される。

医療用麻薬の名前が聞こえた。大人の何倍にも希釈して使用するようだった。お母さんの元に行く時間を稼ぐためなのか、最後の苦痛を緩和するためなのか。

執刀した医師は家族に説明をするために走っていった。もう赤ちゃんに時間がないから、とにかく急がなければいけない。赤ちゃんは保育器に入れられ手術室を出て、緊急用エレベーターに乗った。私たち学生見学者はその場に置いていかれる。

「君らはね、この後すぐ夕方の回診ね。今日まだ行けてないから」
と指示が出た。

わかりましたと答えたものの、行きたくなかった。あー、行きたくない。心がざわざわしている状態で、他の患者さんに会いたくない。でも行かなくちゃ行けない。いつも通りでいなくちゃいけない。

回診は先生たちの足取りが重かった気がした。それでも他の患者さんと調子どう?なんて笑顔を交えながら雑談を交わしていた。

家に帰って、泣いた。私が泣いたところで何になるんだ、とも思った。

先輩医師たちのあまりにも冷静なのが、冷たく感じた。その淡々とやるべきことをする姿が、確かに憧れの姿ではあるのだけれど、悲しかった。

わかっている。あの心臓と全身の循環状態で、もう助からない状況だったのはわかっている。でも、まだ死んでないじゃん。生きてるじゃん。

患者の死亡に慣れるのか。そんな人間味のないことあるのか。それとも、先生たちもみんな家に帰って泣いたりしているのか。

***

このストーリーは、私の経験ベースながら患者さんの個人情報を守るためにあっちもこっちもフィクションです。

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