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そしてどなられたわけです。ーー成長小説・秋の月、風の夜(80)

#14 根回し不能

そしていよいよ、問題の日の午後。

四郎を楷由社(かいゆうしゃ)に送って、社長の譲(じょう)さんと斎藤課長と打ち合わせて、途中で四郎もまじって作業して抜けて。移動時間をおしんだ高橋は、そのまま楷由社(かいゆうしゃ)の会議室をかりて、自分の仕事をしていた。

最近、四郎の電話ぎらいがうつってきた気分だ。

なにしろ、後輩や、自分の会社「中澤経営事務」の代表取締役中澤や、四郎や奈々瀬からの「悪いニュース」「うまくいかなかったこと」を、一身に受けつづけている。
悪いニュース、うまくいかなかったことを、連絡・相談しやすいよう、よくぞもちかけてくれたという前提で、明るくにこやかに受ける。

課題は、解決または解消する。高橋は……高橋も「よかった」と思いもし、心からそう言っている。

そして、……そしてひとりになると、なんともいえない倦み疲れのようなものが、身の奥にたまっている。


ぬぐえなかったそれらの感覚に、なんとなく気づくようになっていた。
知らずの砂が、歯車と歯車の間にたまるように……砂よりもっと細かい、粉塩か、澱のようなもの。

億劫(おっくう)。まさにその気分が、電話にはりついて焼きついて離れない。

また電話だ……

目をつむって、なにかを飛びこえるかのように、高橋は電話を取った。

「はい高橋です」
――有馬だが、
高橋はとっさに、スマホを耳から離して身構えた。
――雅峰(がほう)っ! どういう了見だーっ!!

先日の「恩に着る」発言がふっとぶ、鼓膜が破れるような一喝をあびた。雅峰は死んだおじからついだ雅号だ。続いてあれやこれや。
――連載の仕事をなんだと思ってるんだ! 自分の首もしまってるのがわからないのか! 戻せ。とにかく四郎君を戻せ! 宮垣なんかに貸すんじゃない!

スマホを耳から離して、しかもこちらからは低いしずかな落ちついた声で、平謝りしながら、説明する……という芸当は、なかなかもってむずかしい。

根回し合意がはなからムリと踏んで、あえて使ったこの手だ。楷由社(かいゆうしゃ)社長の樫村譲(かしむら じょう)と、有馬先生の挿画担当である高橋との、ションボリした会議の結論。
が、……高橋は、有馬先生の激高を聞けば聞くほどげんなりした。

(譲さん……ひどいな)
ねじこんだ有馬先生に、まるでひとりタカハシが独断でクーデターを起こしていやがる四郎を無理やり宮垣耕造に貸したかのような説明で逃げたらしい。
とぼけた風貌の樫村が、有馬先生に対して高橋の楯となってはくれなかったどころか、高橋を盾にもドアマットにもした状況が、ありありと浮かぶ。


悪者になってもいいとは言った。四郎の秘密を有馬先生に知られるよりは、と。

だがしかし、その結果これか。
子供の頃「早くオトナになりたい」と思っていた。けれどもオトナになってみたらば、オトナは、おとなげなかった……

有馬先生と四郎と高橋の三人チームでの、三年計画をえがいたのは、もちろん高橋だ。そのときは、四郎の残り時間がないことに気づいていなかったのだ。

いや、顕在意識では気づきようがない残り時間のなさに、四郎と出会った当初から、直感では気づいていたのだろう。
どうしてあんなに急いで親友になったかを思い返してみると、その説明で筋が通る。今しかないという感覚にせかされ、とっぴな距離のちぢめ方をした。

――その家では四-五代にひとり、血の濃い、先祖がえりが出る。

「峰の先祖がえり」のひとり信光は、殺しが止まらず身内に始末されての享年が二十四。直政(ただまさ)は弟が闇討ちしての享年が二十六。
彼らが身内に始末されたのは、ご先祖さまたちが「エサ」と呼ぶ、首をへし折り血を飲みたいタイプの女たちを、何人も何人も殺した挙句のことだ。

かれら奥の人たちが存命中、ご先祖さまたちが暴走してシリアルキラーと化したのが、いずれも二十歳ごろ。数え年だ。

――女を襲い人斬りに淫す。近郷すさむをとどめ得ず。

信光が夜歩くようになり、「近郷すさむをとどめ得ず」といわれたのが、御年二十一、八朔(旧暦八月一日)のころから。
直政(ただまさ)の十六人殺しがはじまったのはたぶん、はたちそこそこから。


四郎とふたり、いくぶんのんびり、『くずし字用例辞典』と首っぴきで伝書を読んでいた高橋は、
「俺、数えなら、はたちやん」という四郎のひとことに、戦慄したのだった。つまり、四郎の満十九歳はタイムリミットだ。

四郎の中にめいっぱい詰め込まれているご先祖さまの兇暴な衝動を、これ以上、どうまっさらにしていいのかがわからない。
高橋を指導してくれる河上の読みでは、それをできる人間がいるとしたら、武術家で治療家。それが、宮垣耕造だった。
だから高橋が、「宮垣耕造に四郎を急いで会わせてほしい」と樫村に頼んだ。

急ハンドルを切るのには慣れている。悪者になることにも慣れている。だからなんでもなかった。

はずれだったら次をあたらねばならない。なにをおいても、親友のいのちだ……

自ら出した有馬先生の三年計画を撤回し、急遽宮垣耕造に四郎を託すと高橋が決めた理由は、それだった。
有馬先生がらみの仕事がめちゃくちゃにならないよう、斎藤課長と高橋が楷由社(かいゆうしゃ)の社長室をたずねて三者で密談したのが、今日の午前中。

昨夜はだまし討ちのようにキケンな部分をはがして消したが、「奥の人」の親友でもあることを、高橋は自認している。
身内に始末されて死んだ何人もの先祖がえりが果たせなかった安堵を果たす。生身の親友である四郎には誰も殺させない。
ご先祖さまたちを暴走させることなく、予防的に課題を解決または解消する。

「一刻も早く……有馬先生に伏せられることは伏せて」と樫村に頼んだ高橋が、この件について悪者になっているのは、そういういきさつだった。


(ちなみにこの段、冒頭と呼応してます:どなられた。恩に着るって言ったのに。--秋の月、風の夜(1)


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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!