あらためて手話について

久しぶりの更新、3時間向き合っても書けずnote引退しようかなと思ってました。でも、書くこと以外の表現方法をもっていないし、このまま書かないでいたら受け取った「想いのバトン」を誰にも渡さないまま終わってしまうので。運良く誰かに繋げたり、渡してくれた相手にバトンを返せたらと思うのである。


「第7回 手話パフォーマンス甲子園」を観ました。

手話って、かっこいいな。自分もできるようになれたらいいなって思う。思うけど実際に活用する機会も学ぶ機会もないためその場限りの高ぶりで終わってしまう。今回もいつも通り”感動しておしまい”になってしまいそうだったので、パフォーマンスを見つつ疑問に思ったことはその場で随時調べて、公演時間内は(ご飯食べたり洗濯したりしつつも)できる限り手話に向き合うことに決めた。


「手話パフォーマンス甲子園」とは?

今年は、新型コロナウイルス対策でオンラインでの開催となった「手話パフォーマンス甲子園」。全国の高校生たちの渾身の”(表情を含めた手話言語を交えた)歌唱、ダンス、演劇、ポエム、コント、落語、漫才”といったパフォーマンスは会場舞台ではなく事前にそれぞれの学校で収録された動画で披露されることになった。

午前9時から2時半までYouTubeでライブ配信された大会は、倉吉未来中心 大ホールから無観客での開催。地元出場校のみが会場を訪れ遠方の出場校にはリモートでインタビューが行われた。

大会に出場したのは、演技動画による予選審査を通過した15チーム(地方ブロック枠:6チーム、得点順枠:6チーム、合同チーム枠:1チーム、 初出場枠:1チーム、開催地枠:1チーム から選出)。予選動画の3分から尺を伸ばした6分以上8分以内の制限で演技が行われた。

審査員は、聞こえる人3名、ろう者3名。手話言語の正確性・分かりやすさと演出 力・パフォーマンス度の観点から採点し、「優勝、準優勝、第3位、審査員特別賞、全日本ろうあ連盟賞、日本財団賞、鳥取県聴覚障害者協会賞、 手話パフォーマンス奨励賞」の審査が行われた。

※ 上記は、大会の「基本計画」と動画の「撮影要領」を整理したものです

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結果は、優勝:奈良県立ろう学校(270点)。わずか2点の僅差で敗れた2位は熊本聾学校(268点)、そして1点差で3位となったのは沖縄の真和志高等学校(267点)。 ※「大会結果pdf」より


本大会の見方

今大会、8つのネット記事が更新(東京新聞47NEWS・共同通信宮内庁の動画へのリンクを含めた2つ目]、NHK NEWS WEB朝日新聞デジタル版Yahoo!ニュース・産経新聞時事通信読売新聞)されているんだけど・・・

共同通信が「奈良県立ろう学校3度目の優勝」と大会後の記事を書いた以外は、すべて”皇室”の活動を中心に据えている。NHKと朝日新聞は、大会をオンラインで視聴されていた事実にまで一歩踏み込んで伝えているが、産経新聞・時事通信・読売新聞は大会冒頭の「ビデオメッセージ」を触れたのみの扱いとなっている。

大会でやっていることは手話パフォーマンスという芸術なんだけど、モデルプレスのような芸能関係の記事にみられるような作品の中身について触れ、魅力を伝える書き方の記事はない・・・そのため、自分のような素人にはいまいち優勝校が優勝した明確な理由や自分が感じた以上の作品の魅力といった部分(つまり試聴する上でのポイント)が分からず、自分なりに分析してみるしかないようである。

スポーツのように明確なルールがあって試合が行われているのではく、お笑いの賞レースのように審査員の評価が全てになってしまうという競技の性格上の特徴もある。かつ、お笑い芸人のように仕事として活動を継続していくわけではないので、出来事の分かりやすい事実を新聞記者は記事にするしかないのかもしれない。

まあそんなわけで、プロの新聞記者さんの限界を確認できたので、以下はアマチュアのnoterとして、どこまでも個人的な感想を記述していくことにします。



個人的感想

自分が受け取ったバトン 「手話」について

今までの手話のイメージ → 聴覚障害のある方、全員が使用しているもの

あらためて考えるまで、気づかなかったのだけど、今まで上記のように漠然と考えていた。ろう者(大会では、この表現を多く聞いたため、尊敬の意味を込めて、使っています)は自分の意思を表現するのに手話を使っていて、家族や友達との日常会話はもちろん、独り言や鼻歌も手話で自己表現しているようなイメージ。

もちろん一歩下がって考えるまでもなく、そんなことないんだって気はするけど、自分にとっての発する言葉が全て手話という形に置き換わったような感覚で捉えていた。きっと小学生の頃に「手話は聴覚障害を持っている方の言語だ」と教わったこと以外には、何も意識することなく、その延長線上で触れてきた結果だろう。

「手話は言語」というのは、最近の話らしい(90年代?)

90年代前半生まれの自分は差別の歴史を知らない世代だ。差別はダメだと教えられる一方で過去に何があったのかは断片的にしかしらず、臭いものに蓋をしてでも手を取り合うことが理想なのだ、そういう風に教育されて育った。

差別を頭で理解するなんてとてもできない気がするからこの教育方針は間違っていないと思う。だが、一方で具体的なことを知らないので、中身のないなんとなくの理想のまま「いいことだよねー」で意思決定する危険性もはらんでいると感じる。そして「なんとなく」は「どうでもいい」「〇〇だから仕方ない」と紙一重で、現実の理由をアレコレつけて考えない。先延ばしにしてしまい、機会がなければこのように向き合うこともなかったのだ。

だからこそ、なんとなくではなく、ちゃんと歴史を調べてみた。


日本で手話が誕生したのは、明治11年。しかし、そのわずか2年後、国際会議で口話法をろう教育の中心とすることが決まり、昭和7年にはろう学校でも手話が禁止されてしまったのだ(見つかると怒られることもあったが、しかし手話はなくてはならないものだった為、先輩から後輩へと受け継がれていったらしい)。

いきなり口話法なんて出てきて戸惑われたと思う。口話とは何か、口の形から言葉を読み取り、また繰り返し口の形を真似することで言葉を発する訓練を重ねて獲得できるコミュニケーション手段のことだ。

口話を習得できれば、普通人(ふつうじん:今回の演目の中で使われていた表現なので採用しました)と交わり、正正堂々と社会で生きていくことができるという想いがあったのだろう。しかし口話を習得できるかは本人の努力の問題とは関係ない残存聴力に依存する部分が大きかった。だがこの点が指摘されるようになったのは80年代であり、さらに手話がが言語として認められるようになったのは平成の時代に入ってからであった。いつだと思いますか? 驚くと思いますよ →

◆ 自分が長々と書くよりも詳しいことが学べます、下記の記事をよんでください

・ NHKハートネットの記事「手話と口話-ろう教育130年の模索-」が詳

・ 聴覚障害児教育の歴史

・ 全国ろう児をもつ親の会 (20年前に疑問を呈されています)

Q-補聴器の開発研究がめざましく進化したのが80年代後半のことらしいが、このことと何か関係しているのだろうか? 詳しい人ご教示ください。


障害者基本法が改正され、「言語に手話を 含む」ことが明記されたのは・・

 → 2011年!

え。東日本大震災が起こった年、TwitterやLINEが普及し始めたのと同じくらいの時間しか経っていないってこと。


まだまだ書き足りない、調べたりない、学び足りないのですが         ちょっと詳しく書いていると時間がいくらあっても足りないですね(^^:;)


他にも手話には種類があること、ろう教育をめぐる様々な(思想哲学的な面でも)課題があるらしいことも知りました。手話が「当たり前のもの」昔から存在していても国家の方針によってスムーズに習得し使用してきたものでは必ずしもなかったという事実を学びました。


話を、大会の方に戻します。

自分が受け取ったバトンをどうするか「これからの自分の行動」について


大会の理念とは?

「手話の聖地 鳥取」という表現を見た、それは全国で最初に「手話言語条例」が制定されたかららしい。成立は2013年10月8日のこと。大会は翌年の11月23日に開催された。第一回から目的は一貫している(表現には差異がでている)。

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お互いを理解し共生することができる社会


いいなあ、素晴らしいなあ自分も参加したいなあという気持ちが再びおこる。

でもこの気持ちは先にも書いた通り、現実を知らないが故の漠然とした理想を追い求めたい気持ちに由来するものである。


それでもやっぱり、ろう者と出会わないとはじまらないだろう


手話パフォーマンスを見ていて、全身で表現する言語であることを学べた。それが今回、多くのパフォーマンスを見比べて得た一番の知見である。

今まで → 単語を覚えて、文法に沿って並び変えたら大丈夫(英語学習のように)

と思っていたのだが、そのことよりも相手が何を伝えようとしているのかを推測する力。まずは雰囲気を楽しみながら接することが入り口になりそうだ。というか、喋ってみなければ始まらない! と思うようになった。


しかし、気持ちのまま行動していいのだろうか?


果たして、ろう者の人は普通人との会話を望んでいるのだろうか?もしかすると自分が一方的に感情を抱いているだけかもしれない。いやむしろ、その可能性が高いだろう。日常暮らしていてろう者と出会わないのは、上手く溶け込んでいるからに違いない、そこにろう者の日常があるのだろう。

望まれもしないのに、わざわざ石をひっくり返して素敵な何かを探す子供のような行為はしちゃいけないんだと思う。はてさて自分はどうすればいいのか? 機会があれば一緒にコーヒーでも飲んでお喋りしたいのだけど・・・。

とりあえず今回は、大会を見ながら調べて知ったことをまとめてみた。ちゃんと事実を捉えきれていない部分もあると思うので、お気づきの方ご指南ください。もしこの続きを書く機会があれば、その時はお付き合いいただければ幸いです。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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