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第八章 学力は四年生で決まる?(山浦駿)(3)

 食事が終わると、僕は机に向かった。
 僕の机はリビングにあって、ダイニングテーブルに背を向けるようにして座る。ママは向こうのシンクで洗い物をしている。パパは気に食わないのか、しばらくスマホを操作していたけど、やがて部屋に戻って行った。
 僕は日進研の宿題の「栄冠への翼」のテキストを広げた。明日は塾があるので、算数と理科の宿題をやって、提出しなければならない。それなのに、理科の栄冠が少ししかできていない。明日の塾に行くまでに算数と理科の栄冠を終えなければならない。
 僕はやりかけの理科の栄冠とノートを広げて問題を解き始めた。
 洗い物をしながら、ママが僕を監視しているのがよくわかる。ときおり、僕の近くに来て、監視するかのようにノートを覗き込んでいる。
 僕は問題を解くふりをしながら、先程のパパとママのやり取りを思い出していた。
 もともと中学受験に熱心なのはママのほうだ。パパはママの熱意に押されて、中学受験を認める形になったけど、いまではお金がかかり過ぎるのではないかって気持ちになっている。だから、さっきのようなやり取りが三カ月に一回くらい起きる。
 そうしていつも言い勝つのはママのほうだ。ママは東京の有名私立大学卒で上場企業に勤めていて、パパはコンピュータ専門学校卒でコンピュータ会社で営業をしている。給料もママのほうがいい。だからパパはママと論争になると、必ずママに言い負かされる。
 たしかにパパのように「公立中学から進学校を目指す」って単純な気持ちにはなれないけど、かといって、ママのように中学受験を頑張って偏差値が少しでも高いところを目指すってのもイマイチ気乗りしない。
 ママは中高一貫校の出身だからか、「恵まれた環境で優秀な仲間と切磋琢磨するのはいいことよ」なんて言ってくるけど、僕の偏差値なんて50に満たず、45あたりをうろうろしている。
 パパはそんな偏差値の僕だから、「やっぱ俺の子なんだよ」なんて言ってくるけど、それは正直失礼だと思う。だいたい日進研での偏差値と高校受験での偏差値は10から15くらい違うってママが言っていた。パパの出身高校は偏差値50だから、僕の偏差値45に15をプラスしたら60で、パパの高校の偏差値よりずっと上だ。
 実際に偏差値45で目指せる中学には高校偏差値が60以上の中学もある。だからママは「中学受験のほうが絶対に有利」って言うのだ。
 でも、僕の塾内での順位は25人中15位から19位のあいだをうろちょろしている。もちろんクラスは基本クラスで、偏差値70超えの宮田勇樹君や吉本蓮君なんて、僕から見たら、違った人種というか、もう宇宙人としか思えない。
 最近になって、浜名航平君や清原孝輔君といった最下位確定コンビがメキメキと実力をつけていって、あっという間に僕を抜かしていった。僕の後ろには清原君がいるのが当たり前だったんだけど、いまでは清原君は僕の前に座っている。
 だからと言って、奮起して彼らに勝とうなんて気にはなれない。僕は基本的に勉強があまり好きじゃないのだ。勉強をするくらいなら、ゲームをしたいし、面白い漫画を読みたい。
 六年生になって宿題の量も増えたし、遊ぶ時間も激減した。この調子で、来年二月まで過ごすのかと思うと、少しうんざりする。吉本蓮君は「勉強が楽しい」って言う。僕も蓮君みたいに勉強が楽しく感じられればいいのに。
「駿、理科の栄冠はまだ終わらないの?」
 背中に突き刺さるママの声で、僕は再び問題に没頭し始めた。

(続く)



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