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第五章 本番以外は練習(江藤陸斗)(1)

どうしても勝てない宮田君や蓮君という同級生がいて、劣等感を感じている江藤陸斗君。そのうえ浜名君や清原君がメキメキ成績を上げてきていて、内心焦っています。そして、その気持ちを隠すように、いつも冗談でごまかしています。
ママは受験に熱心だけど、パパは受験に消極的な態度。
そんなとき、同じ野球チームだった柴田君から誘いを受けます。

「ねえ、陸斗。あなたこのままの偏差値なら、もうママは許さないからね」
 食事のあと、僕の六年生最初の公開模試の結果を見ながらママが甲高い声で言った。
「あなた、今回偏差値53よ。そんな恥ずかしい点数で、いいと思ってるの?」
 僕が黙っていると、ママは僕の顔を覗き込んだ。
「聞いてるの? あなた、今回の偏差値、53。こんな成績でどこ受けるつもりなの?」
「HR学園?」
 ママはさも驚いたように両目を見開いた。
「あなた、HR学園のR4偏差値知ってるの? 61よ。61。偏差値53で行けると思ってるの?」
「いまのままじゃいけないと思う」
 ママはキッと目を吊り上げた。
「だったら、もっと勉強しなくちゃ駄目じゃないの」
 僕は「うん」と言ってうなだれた。
「ママ、もういいじゃないか」
 横からパパが口をはさんできた。
「やっぱり、陸斗には受験なんて早いんだよ。いまのうちに受験は撤退して、のびのびやらせてやろうじゃないか」
 ママは冷ややかな目をパパに向けた。
「あなたはね、いつもそう言うけど、本当は陸斗の受験で、自分も家事をしなきゃいけないから、面倒くさいんでしょ」
 パパは目に見えてうろたえ始めた。
「いや、僕はそんなことは……」
「思ってるって、顔に書いてあるわよ。あなたはいつもそう。子供のことより自分のこと。少しは陸斗のことも考えてあげてよね」
 パパが僕のほうをちらちら見ながら言った。
「君だけが陸斗の将来を考えているなんて言い方はよせよ。僕はちゃんと陸斗のことは考えてるよ。考えたうえで言ってるんだ。陸斗はまだ子供だ。中学で受験させるのは早いんだよ。小学生のうちに小学生しかできないことをやって、のびのび育った方がいいと思ってるんだよ」
 ママは冷笑を浮かべると、パパの顔を見やった。
「あなたさっきから『のびのび』って言ってるけど、『のびのび』ってどういう意味なの?」
 パパは口ごもった。
「そ、それは……小学生らしく遊びに明け暮れるとか……」
 ママはこれ見よがしに大きな溜息をついた。
「小学生らしく遊ぶ? あなたなんにもわかってないわね。だいたい今時の小学生の事情を少しでも知ってるの? 小学生のうちは野原を駆け回ったり、小川で魚を取ったり、田圃の藁で秘密基地を作ったりすることが、小学生らしく遊ぶってことでしょ。じゃあ聞くけど、この辺に山なんてあるの? 川なんて柵があって入れないわよ。もちろん池も立ち入り禁止。田圃なんてどこにあるのよ。今時の小学生が公園で集まったって、ゲームしかしないわよ。どこをどう見れば、これが『のびのび』なのよ。まあ、地方出身のあなたにはわからないかもしれないけど」

(続く)





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