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第二章 真剣勝負(浜名航平)(1)

将棋が大好きな浜名航平君の話です。
五年生になり、突然塾に通わされることになった浜名君。
本当は勉強なんてしたくないので、カンニングで乗り切り、将棋道場に通って、常連の平じいと将棋を指してばかりいます。
そんなある日、お兄さんが将棋部の友達を家に連れて来ます。


 引っ越しが終わり、みんなで蕎麦を食べていたとき、母さんが俺に言った。
「お兄さんは名門KJ中学なんだから、あなたもそろそろ、お兄さんを見習って、頑張ってもらわないとね」
 いやな予感がした。母さんがこういう言い方をするときは、なにか大変なことが起こる。
「父さんとも話したんだけど、あなたも五年生でしょ。いままでは近所の塾に行かせてたけど、これを機に日進研に行ってもらおうって思ってるの」
 えっ? 俺は兄貴みたいに勉強ができないし、そもそも勉強なんてなんの意味があるかもわからないし、無駄なお金だと思うんですけど。むしろ、その金、俺にくれないかな。
 いつもは無口な父さんも言った。
「航平にも、お兄さんと同じKJ中学を目指してもらおうと思ってるんだが、どう思う?」
 答えは決まっている。ノーだ。そんな勉強人間ばかりがいる学校に行ってどうするってんだ? 窮屈で仕方がない。俺は兄貴みたいに真面目でもないし、努力家でもないんだ。
 でもここでいやだと言ったら、それこそ夜を徹して説教されるに決まっている。
 俺は殊勝な顔を作ってうつむき、小さな声で「わかった」と言った。
「本当にわかった? KJ中学だよ。航平は本気でチャレンジしようって思ってるの?」
 いやいや、思ってるの、って、どうせ俺に「KJ中学目指して頑張る」って言わせたいんでしょ。母さんも父さんもいつもこれだ。一方的に人のやることを決めて、それで「あなたがやるって言ったんでしょ」ってなじる。そもそも俺がやりたくないって言っても、絶対に許してくれないくせに。
 横から兄貴が心配そうに俺の顔色をうかがう。
「航平、本当にKJ中学を受ける気、あるのか? もし受けるつもりなら、いまよりもっと真剣に勉強しなくちゃいけないんだぞ」
 兄貴のことは好きなんだけど、真面目過ぎるんだよな。こんなとき、「航平、勉強だけがすべてじゃないぞ」って言ってくれたら、俺も嬉しいんだけど。
「どうなんだ、航平?」
 父さんは学歴至上主義の人で、人の価値を出身大学で決める。東大なら神様で、Fラン大学ならダメ人間。高卒なんて人間と思っていない。俺はこの父さんの考えが本当に嫌いだ。そして母さんも父さんと似たり寄ったり。KJ中学の兄貴は立派な人間で、劣等生の俺は欠陥人間だって思っている。基本的に俺とは価値観が違うのだ。
 でもこんなやり取りは、今までに何度も繰り返されてきた。俺は改めて、用意した答えを言った。
「前から兄貴と同じKJ中学に進学したいって思ってたんだ。だから真剣に勉強するよ」
 父さんと母さんが同時に、ほっとしたような表情をした。
「そうか、頑張ってくれるか?」
 兄貴が心配そうに「大丈夫か? 航平」と訊ねてきた。
 不安顔の兄貴を、母さんが押しとどめた。
「純也。航平がこう言ってんだから、私たちは応援しましょう」
 兄貴が納得いかない様子で「うーん」と呟いた。兄貴は俺の性格を熟知している。兄貴はわかっているんだ。俺が勉強してKJ中学なんかに行くつもりはないってことを。
 父さんがそんな兄貴を諭すように言った。
「純也、ここは航平の気持ちを大切にしてやろうじゃないか」
 よく言うよ。俺がKJを目指さないなんて言ったら、朝まで説教の癖に。俺はそんないざこざが嫌いだから、父さんと母さんの望むようなことを言っているだけだ。
 でも父さんにそこまで言われたら、もう兄貴がなにを言ったって、無駄だ。要するに、相談しているようにしているけど、その実、答えは決まっているのさ。
 兄貴の気持ちに感謝しながらも、俺はこれ以上話が面倒にならないように、強く言った。
「兄貴、心配しなくていいよ。俺、勉強頑張るよ」
「よく言った。航平」
 父さんが満足そうに頷いた。その父さんの言葉で、俺のまったく希望しないKJ中学受験と、行きたくもない日進研に通うことが決まった。
 兄貴がなにかを言いかけて、やめた。

(続く)





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