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第八章 学力は四年生で決まる?(山浦駿)(8)

 土曜日、授業が終わったあと、僕は清原君に声をかけた。
「清原君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
 清原君は浜名君のほうをちらりと見やってから、弱ったように言った。
「今日は浜名君と将棋道場に行く予定があるんだ。よかったら別の日にできない?」
 浜名君が目ざとく見つけて、僕らのほうにやってきた。
「あれ? 山浦、おまえ珍しいな。どうした?」
 浜名君か。僕はちょっと苦手なタイプだ。少しためらってから答えた。
「清原君に聞きたいことがあったんだよ。どうして短期間に成績を伸ばしたのかって」
 浜名君は僕の顔をまじまじと見つめた。
「おまえ、なにかあったのか?」
 浜名君にじっと見つめられて、ごまかすわけにもいかず、僕はついパパがSNSで「学力は四年生で決まる」という主張を見つけたことを話した。
 浜名君は僕の話を聞くと、からからと笑った。
「おまえさ、しょーもないことで悩んでんじゃねえよ。俺だって清原だって、五年生の段階では最下位二人組だったじゃねえか」
「パパが言うにはね。それは浜名君と清原君の地頭がいいからなんだって。現に浜名君のお兄さんは海城中学だよね」
 浜名君はあきれたように溜め息をついた。
「もしそうだったとして、おまえはなにが言いたいんだ?」
「だったら僕のような凡人は無駄な努力をしなくて済むんじゃないのかなって思って……」
 浜名君は僕の言葉を途中で遮った。
「山浦よお、おまえさあ、いま『無駄な努力』って言ったよな? 無駄な努力っていったいなんなんだよ?」
 浜名君は心なしか少し怒っているようだった。
「い、いや、そんなことをお父さんが言ってたから……」
「SNSのことはどうでもいいんだよ。おまえはどう思ってんだよ。無駄な努力はしなくてもいいって思ってんのか?」
「それは……」
「いいか。よく聞けよ。この世の中に無駄な努力なんてもんはないんだ。なにが無駄な努力だ。仮にそのときは無駄だってわかったとしても、いつかは役に立つかもしれないし、それはそれで有意義な努力じゃねえか」
「たしかに」
 浜名君は少し語気を弱めた。
「おれは将棋をやってたからよくわかるんだ。強くなるために、無駄な努力なんてないんだ。やったことは必ずためになってる。たしかに効率のいい方法とか悪い方法はあるかもしれない。でも、やって無駄な努力なんてないんだよ」
 僕は浜名君の言うことを聞きながら、目から鱗が落ちる思いだった。たしかに無駄な努力なんてあるわけがないんじゃないだろうか。
 浜名君は僕の顔を見ながら続けた。
「だからな。俺たちはいまやってる努力が無駄かどうかなんて考えてる暇はないんだ。そんなことは後になってわかることだ。いまは寺内先生に言われたとおり、目の前の宿題を一つ一つ片付けていく。俺らはこれしかないんじゃないのかな?」
「うん」
「それにな。いまやってることが無駄かどうか考えるより、いま自分にできることを一所懸命やってた方が明らかに面白いぜ。な、清原?」
 浜名君が清原君のほうに顔を向けると、清原君は「うん」と言って強く頷いた。
「ほら、清原もああ言ってるぜ……」
 それから思いついたように手を打った。
「そういえば、山浦。おまえ、清原になんで俺たちが成績を伸ばしたかって聞いてたんだよな。なんでかわかるか?」
「地頭の違い、とか?」
 浜名君はうすく笑った。
「じゃあ逆に聞くがな。俺や清原が一日にどれくらい勉強してるか知ってるか?」
 僕はかぶりを振った。
「週に一時間の将棋と、メシ風呂トイレの時間以外の時間、俺たちはほとんど勉強してんだよ」
「ええっ?」
 さすがに僕は驚いて声を上げた。
「それって、冗談だよね?」
「うんにゃ。本当だ。な、清原?」
 清原君が頷いた。
「なあ、山浦。おまえからしたら、俺らみたいなアホから追い越されて、納得いかないかもしれないけど、人に勝つためには、人と同じことをしてちゃダメなんだよ。だから俺は人の二倍の時間勉強するって決めてる。それだけ努力してから、もし負けるのなら、それは頭が悪かったんだなって思うけど、なにもせずに頭の良し悪しで決めつけるのはおかしくないか?」
 たしかに浜名君の言うとおりだ。僕は地頭云々を言えるほど勉強していない。
 そうだよ。地頭がいいとか悪いとか言っていても仕方がないじゃないか。僕は僕のやり方で頑張ろう。浜名君は「いま自分にできること」って言っていたけど、僕は僕なりの「いま自分にできること」を見つければいいじゃないか
 僕は清原君と浜名君に相談してよかったと思った。

(続く)


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