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第八章 学力は四年生で決まる?(山浦駿)(6)

「な、夏休みくらい、旅行に行きたいだろ。なんなら、海外も行けるかもしれないぜ」
「僕は夏期講習を受けたい」
 パパは意表を衝かれたように何度もまばたきをした。
「は?」
「僕は旅行になんか行きたくない。もうあと半年しかないから、最後に頑張ってみたい」
 言ったあと、僕はなんてことを言ってしまったんだと後悔した。
「駿も勉強いやだって、こっそり俺に言ってたじゃないか」
 パパはそう言って、僕をとがめるような目で睨んだ。
「うん、昔はそう思ってた。でも塾の友達の話とか聞いてたら、四年生のときに最下位だった子が、僕を追い越して、いまは25人中10番になってるんだよ。少なくともSNSの情報と違ってるよね」
 パパは口ごもった。
「そりゃ、もともとの地頭がいい子で、やる気を出したんじゃないの。つまり、例外みたいな……」
 ママが割って入ってきた。
「それさあ、あなた駿の地頭が悪いって言ってるの?」
 パパは目に見えてうろたえ始めた。
「い、いや、そんなこと言ってるわけじゃなくて……」
「じゃあ、どういう意味で言ってるの?」
「ほら、駿はそんなに頭がずば抜けていいタイプじゃないだろ。だから、駿の塾で成績伸ばした子はもともと地頭がいいって話」
 僕はパパに言った。
「でもさあ、その子だけじゃないんだよ。その子と仲のいい子もビリから二番目だったのに、いまじゃ8位になって、もうすぐ応用クラスに行きそうな勢いなんだよ。25人しかいないのに、六年生になって2人も成績を伸ばしてるってことだよ」
「だからそれはたまたま例外だって。その二人に兄弟とかいる?」
 たしか浜名君には海城中学のお兄さんがいるって言っていたはずだ。
「一人は知らないけど、もう一人の子はお兄さんがいて、海城中学に通ってるって」
「だろ、それだよ。その子はもともと遺伝子レベルで賢いんだよ」
 それからあわててフォローするように言った。
「あっ、でも駿の頭が悪いって意味じゃないからな。その子らが元々ずば抜けて頭がいいって話をしてるんだ」
 ママがあきれたようにかぶりを振った。
「もうSNSの情報なんてどうでもいいわよ。あなたも聞いたでしょ。駿は夏期講習を受けたいんだって。旅行には行きたくないんだって。そうだよね、駿?」
「う、うん」
「駿がここまで言ってるんじゃない。地頭がいいとか悪いとか、どうでもいいわよ。いまここで頑張らなきゃ、駿は一生後悔するわよ」
 パパは深々と息をついた。
「まあ、そこまで言われちゃ、俺もこれ以上は言わないけどさあ……二十万かあ。塾はぼろ儲けだな」
 パパがぼやくのを一瞥すると、ママは僕の顔を見た。
「いい、駿。パパの言ってるのは暴論だけど、今回の夏期講習で二十万円かかるのは事実なの。二十万円あったら、たしかにパパの言うとおり、海外旅行にも行けるわ。でも、駿が頑張るって言うなら、お母さんは駿の言うとおりにする。でも、大金を塾に払うことだけは理解して、そのつもりで勉強して」
 僕は無言で頷いた。
 しかし、さっきパパが言っていた「四年生で学力が決まる」っていう言葉にずっとモヤモヤしっぱなしだった。パパの中では浜名君や清原君は地頭がよくて、僕は頭が悪いからずっとこのままってことじゃないか。だとしたら、僕なんてこのままずっと勝てっこないじゃないか。

(続く)



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