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『阿修羅が水着に着替えたら』

『阿修羅が水着に着替えたら』 No.073

コンビニで買ったアイスを食べながら公園のベンチに座る
雲一つない夏の空と雲しかない僕の心
数日後の水泳大会に気持ちが沈む
溶けたアイスがベンチの隙間に滴り、下を見た
足元にあったのは、小さな古めかしいラジオ
それを拾い上げ、チューナーを回してみる
雑音が続いたが、ふと何かが聞こえた
何度か波の音が流れ、人の話し声がする
音量のつまみを上げ、耳を近づけた
ゆったりとした女性の声に引き込まれる…
〈では今日の相談内容を読みます〉
〈私は水泳がとても苦手です どうすれば上手く泳げるようになりますか?〉
僕は一瞬怖くなったが、やっぱり内容を聞かずにはいられなかった…
どれだけ練習しても、何故かクロールの息継ぎが出来ずに沈んでしまう
先生にも絶望的な泳ぎ方だと見放された
この話はきっと何か参考になるかもしれない…

遂に順番が来てしまった…
クラスで泳げないのは唯一僕だけだ
やはりこの前拾った不思議なラジオから聞こえた泳ぎ方を試すしかない…
笛が鳴ると同時に息を止め、あの声が教えてくれた“阿修羅泳法”を思い出す
“安らぎ、敬い、叶う”の息継ぎ三面で水と空気を受け入れる
六本の腕で掻き進みながら水と一体化する
僕は今までに感じたことのない気持ちに包まれていた
身体が水の流れをすり抜けていくかのような感覚
気付けば壁にタッチし、横を見るとまだ誰も泳ぎ切っていない
クラスのみんなは騒めき立ち、僕とプールの真ん中を指さす
そこに視線を向けると、身体をすり抜けたスクール水着がプカプカと呼吸していた
落ち着きを失った僕は、必死で取りに戻る
阿修羅泳法ではなく、以前の絶望的な泳法で…


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