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アジスアベバの若者たち

「ヘイ、そのPCの使い心地はどう?」
 
2日目の朝、アジスアベバの情報を調べようとこのホテルで唯一wifiのあるロビーで相棒のMacBook Airを広げたところで声をかけられた。
顔を上げると、夜勤明けから帰るらしき、昨日チェックインを手伝ってくれたフロントの若者が俺の前に立っていた。
 
「結構いいよ」
 
「俺、ハイレ。ご存知のとおりここのフロントで働いてる」
 
「俺はヒロ。今日どこに行こうか調べてたところさ」
 
「昨日は何をしたんだい?」
 
「至聖三者大聖堂に行ったらちょうど礼拝をしてたから、後ろの方でこっそり参加して、午後は博物館に行ったんだ。夜は、ピアッサで飯を食ってビールを飲んだところで時差が襲ってきてここに戻って寝たんだ」
 
「そうか。日本からだと長旅だもんな。お前、中学生くらいに見えるけど、どうして1人なんだ?」
 
「はは、俺、こう見えて22歳だ。もうすぐ大学も卒業だ」
 
「え?こりゃ参った。俺と同い年じゃねえか。俺も大学生。ここは親戚が経営してるホテルで学校が休みの時に手伝ってるんだ」
 
「よろしく」
 
「ところでさ、そのPC良いか?」
 
「ああ、軽くて旅行にぴったりだ」
 
「なあ、今日は地元の若者の生活をのぞいてみないか?俺、ちょうどアップルストアに行こうと思ってたんだ。付き合ってくれよ。言っとくが、俺、誘拐犯でもシリアルキラーでもないし、変な趣味もないから。遠い国の友達ができて嬉しいだけさ、ブラザー」
 
「わかってるさ」
 
「15分後に出発できるか?ついでにこの街の若者文化を見せてやるよ。ホテルの前で待っててくれ」
 
「OK!」
 
俺は一旦部屋に荷物を置いて、待ち合わせの場所に行った。
どうやらハイレは金持ちの息子らしく、オヤジから借りたという車はBMWだった。まさか、アフリカ貧乏一人旅でBMWに乗ってアジスアベバ市内観光が出来るとは夢にも思わなかった。

話によると、彼が行きたいショッピングモールは若者に人気の中産階級の住宅街にあるらしい。そのモールへの道は見覚えがあった。空港から街へのバスで通った道だ。
 
「なあ、ヒロ、コーヒーは好きか?」
 
「ああ」
 
「コーヒーって原産はエチオピアなんだ。この街にはたくさん美味いカフェがある。あとで連れて行くよ」
 
「サンキュー!」
 
「ほら、そこに見えるトモカコーヒーはこの国で一番美味いんだぜ」
 
「へー、楽しみだ」
 
「なあ、俺らって空港方面に向かってるのか?市街地に向かうバスの窓から見た記憶がある」
 
「ああ、あの辺は若者に人気のエリアなんだ。学生が多く住んでいる。昔はジャパンマーケットって呼ばれてたんだけど、今はチャイナマーケットって呼ばれてるんだ。最近は中国経済がエチオピアの未来を握っているって言っても過言じゃない。多分、この辺一帯、中国資本の建物ばかりだ」
 
「へえ。海外資本が入ってきたとことで君たちの生活が著しく変わったのかい?」
 
「30年前くらいに大飢饉があったんだ。僕はもちろん生まれてなかったけど、エチオピア史上最悪の出来事だったんだ。そのころは世界でも最も貧しい国のひとつでさ。俺が小さい頃もとても貧しかった。それが15年位前から景気がウナギ昇りでさ、昔は空港にすらなかったのに、今じゃ海外の高級ブランドや車も買える。これから行くエドナモールみたいな近代的な建物は中国資本が入ってきてからできたものだよ。アップルやソニーもあるよ」
 
「ジャパンマーケットとかチャイナマーケットっていう言葉に戸惑いとか嫌悪感とかないのかい?」
 
「人によりけりかな。とてつもなく貧しい国だったエチオピアが海外資本なしでここまでこれたとは思えない。好意的な見方の方が多いかも。今のところはね」
 
「じゃあ、俺は?俺が日本人でも違う国の人でもさっきみたいに声かけた?」
 
「いや、あのホテルに同じくらい年の中国人やヨーロッパ人も泊まってるんだ。でも、声かけたのは君だけだ。日本には前から興味があったし、お前、なんていうかクールに見えたんだ」
 
「中学生だと思ってたくせに?」
 
「ハハハ。言葉の綾っていうやつだ。ほら着いたぜ。モールの駐車場に停めて、電気屋に行くんだ。あとで見たかったらモールも案内するよ」
 
 
エドナモールはこの街ではあまり見かけない円柱のような形をした建物で、メインエントランスは鏡のような窓が眩しく太陽を反射していた。この辺りのランドマーク的なデパートらしい。
 
「俺もお前と同じMacが欲しいんだ。そのためにずっとあのホテルでバイトしてたんだ。お勧めのソフトとか教えてくれよ」
 
「君から見れば日本語もそうだと思うんだけど、エチオピア語ってどうやって変換するんだい?俺には解読できそうにも、書けそうにもない言語だよ」
 
「ははは。そんなこと聞いたのお前が初めてだよ。まあ、慣れってもんだよ」
 
「そりゃそうだ」
 
そんなことを話しているうちにエドナモールの近くのアップルストアが入っている電気店に到着した。
 
「ようハイレ。また来たのかよ。今日こそ買うんだろうな?」
 
「メイビー、メイビー ノット。でも、今日はアップル博士を連れてきたんだ」
 
「見ない顔だな。誰なんだ?」
 
「こいつ、ヒロ。叔父のホテルに泊まってるんだ。今朝、ロビーでMacBook Air使ってたから、いろいろ相談乗ってもらおうとついて来てもらったのさ」
 
「へえ、君も大変だね。俺はアベル。この街に何しに来たんだい?」
 
「旅行さ」
 
「へー。俺とハイレは大学の友達で、ここはバイトで働いてるんだ。こいつ、Airが欲しいって言い出してもう数年この店に通い詰めてるのにまだ買わないんだ。いい加減、腹を括らせてやってくれ」
 
「分かった」
 
「なー、ヒロ。やっぱ、Airかな?」
 
「何をやりたいかにもよるだろうけど、ものすごく重いソフトをガシガシ使うんじゃなければ十分じゃないかな?さっき君が見た俺のマシンは2年くらい前のモデルだから、最新版はもっとよくなってると思うよ」
 
「学校のレポートやったり、インターネットとかSNSやったりするくらいかなー。買った暁にはSNSで繋がろうぜ」
 
「うん、もちろんさ」
 
「よし、決めた!アベル、これ取り寄せてくれよ」
 
「分かった!大体、3週間くらいかかるけどいいか?」
 
「いいぜ」
 
「じゃあ、向こうの売り場で手続きしてくれ。担当に話しておくから」
 
「ラジャー」
 
やっと腹を括ったハイレが手続きするためにカウンターへと招かれて行った。
残された俺は、遠くの国からやって来た俺に興味津々のアベルの質問攻撃に遭っていた。
 
「お前、学校は?日本の中学は今休みなのか?今日、親と離れて行動して心配されないのか?」
 
「ハイレにも同じこと聞かれたよ。俺、君たちと同じ22歳。大学4年だ。就職も決まったし、単位も足りてるから、卒業まで色んな国を旅してるんだ」
 
「こりゃ驚いた。どう多く見積もっても16歳くらいにしか見えないぜ」
 
「褒め言葉として受け取っとくよ」
 
「なんで、エチオピアに?」
 
「昔、親父が来たことがあって写真を見せてくれたんだ。どこにもないこの国の文化や景色を自分でも見てみたくてさ」
 
「ああ、教会とか壁画とかだろ?ファンキーだよな。確かに他にない文化だわ」
 
「この町で1週間ほど過ごしてから地方の町に1カ月くらい行く予定さ。この街でお勧めのところはあるかい?」
 
「市街地の観光スポットはホテルから簡単に行けるから、郊外のスポットにハイレに連れてってもらえよ。アジスアベバを一望できる見晴らしのいい山もあるんだけど、生憎、夜行っても大した夜景は見えないないんだけどさ。夜、遊びたかったら俺たちとバーとかクラブに行ってみるか?」
 
「いいのか?」
 
「もちろんさ!他にどんなことしたいんだい?この街にいる限り俺たちが君のガイドになってやるよ」
 
「アムセグナッロフ」
 
「おお!いいね。君の国の言葉では何て言うんだい?」
 
「ありがとう、だ」
 
「けど、お前、なんでそんなに英語が達者なんだ?」
 
「ああ、俺、親の都合で海外で育ったんだ。君たちも何でそんなに話せるんだ?」
 
「俺たちも所謂、帰国子女ってやつさ。帰国後、インターナショナルスクールで知り合ったんだ。海外にも行けない人がほとんどのこの国では、俺たちが育った環境は君の国よりももっとレアで恵まれたケースだと思うよ。でも、最近では英語で教えてる大学もあるし、大分に近代化が進んできてるかな。この国にはたくさん言語があって、一応公用語はアムハラ語さ。海外の教育制度も取り入れてるから都市圏では英語を話せる人も多いんだ。でも、教育を受けられる人限定なんだけど…。地方では英語はまず通じないし、アムハラ語も通じないところもある。苦労するかもしれないけど、がんばって!」
 
「ありがとう!ところで君たちはどの国で育ったんだい?」
 
「俺はアメリカ、ハイレはイギリスだ。時期はずれるけど高校時代にこの国に戻って来た。アジスアベバには結構多くのインターナショナルスクールがあるんだ。駐在の子供たちが大半を占めててこの国の子はよほど恵まれてない限り入学できないし、ローカルの学校よりはるかにハイレベルの授業が受けれられる。親に感謝しなきゃな」
 
「昨日この街に来たんだけど、あんまり日本人は見かけなかったな。居ても、観光客だった。さっきここに来る時、ハイレから昔、この辺りはジャパンマーケットって呼ばれたけど、今はチャイナマーケットって呼ばれてるって聞いたんだ。やっぱり、中国人が多いのかい?」
 
「そうだね。中国人、インド人、アラブ人…。この国に投資してる国の人だね。インド人学校ってのもある。俺たちの学校にも中国人やアラブ人がたくさん居た。日本人は少数派でみんな大人いしい感じだった。でも、ジャパンマーケットって呼ばれてた頃は日本人もたくさんいたらしいんだ。同じアジアでもちょっと雰囲気が違うよね、日本と中国って」
 
「日本は他のアジアの国に比べると静かかもね…。昔、日本にはバブル期って言われた時代があったんだ。その頃の日本人は海外でブランド品を買い漁って、ドン引きされてたらしい。アジアでは日本がバブルの到来が一番早かったんだ。中国や韓国はちょっと遅れて来たバブルだって俺は感じてる。多分、そこの頃、日本企業がこの街でもやりたい放題やってんだろうな。アップダウンを繰り返しながらあるべき姿に戻るんじゃないかな?何事も。俺が生まれたのはバブルが弾け散った後だったから、その頃みたいな美味い汁は吸えなかった」
 
「君はどこで育ったんだい?」
 
「俺は3歳から7歳までイタリア、そのあとは14歳までアメリカ。全然違う文化に触れられたのは、いろんな意味で大きかったと思うよ。俺の両親は、現地の言葉を学ばせるのに現地の学校に俺たち姉弟を通わせたんだ。不自由なく育ててくれた親に感謝しなきゃだね、君の言うように」
 
「君も帰国後、インターナショナルスクールに行ってたのかい?」
 
「すでにアメリカの大学に行くことが決まってた4歳上の姉はインターに行ったんだ。デンバーの大学に行き、その後、ニューヨークの大学院で知り合った人と結婚し、2人の子供にも恵まれ幸せに向こうで暮らしてる。でも、俺は日本の大学の付属校に行ったんだ。まだ中学生だったし、その後、海外に行かない可能性があったから、日本にも順応できるようにって。でも、その学校も帰国子女が多くて、ちょっと日本の一般的な常識から外れてたかも…。俺の親友たちも彼女も帰国子女だし。純粋に日本で育った人たちといるよりも居心地がいいのかもって思う時がある。その逆も然り。だから出来るだけいろんな人と交流したいんだ」
 
「俺もさ、市内の大学に通ってるけど、時々同じようなことを感じるけど、多分きっと、他人のことはそんなに気にしないんだろうね、この国の人たちは。俺、日本に旅行に行ったことないけど、大好きな国だよ。きっと文化も国民性も違うんだろうね。実はさ、ハイレは日本のアニメが大好きでさ。いつか日本に行こうぜ、っていつも言ってる。で、昨日、日本人の男の子がなぜか一人で叔父さんのホテルに泊まってるんだ。家出かなー?明日、また会うことがあれば声かけてみようかな?って電話して来てさ。まさかここに連れてくるとは思わなかったさ」
 
「俺のこと中学生だと思ってたのに、誘拐だよね。ハハハ」
 
「それについて来た君もなかなかだよ。もし、俺たちが誘拐犯ならどうしたんだ?」
 
「俺、一人旅よくするし、中学生に見えても良い人か悪い人か見極められる。ハイレはいい人だってすぐ分かった。もし、何かあっても俺、結構強いよ。足が早いし、空手もクラブマガも有段だ。一番得意なのはサッカーだけどね」
 
「安心しな。君がアジスアベバにいる間は俺たちを頼ってくれ。もし、俺たちが日本に行くことがあればよろしくな」
 
「ありがと!頼りにしてるぜ」
 
「じゃあ、まずはー、今夜暇ならアジスアベバの若者文化を体験しないか?地元の若者がどんな遊びをしてるのか興味ないかい?安心しな、絶対危険な目に合わせたりしないから。他の友達も誘うし」
 
「まじで?良いのか?ホテルの周りは観光客向けのスポットがたくさんあったけど、もっとローカルな体験したいって思ってたんだ」
 
「行ってみたい所とか知りたい所とかあるかい?」
 
「あー、そう言えば、空港から乗ったバスから見えたカフェの謎を解きたい」
 
「カフェの謎?」
 
そうして、昨日見たカフェのことを知ることとなる
 

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