【こころ #38】制度の外側から当事者の“家族”を支える
林 晋吾さん
林さんは、うつ病や双極性障害など精神疾患を抱える方のご家族やパートナーの方向けの無料コミュニティサイト『encourage』を運営する株式会社ベータトリップの創業者だ。
『encourage』では、匿名の掲示板を使ってご家族やパートナーの方同士が悩み相談や情報交換ができ、抱えがちな困りごとや支援制度について専門家が監修した記事やコラムを読むこともできる。2017年9月から運営を開始し、現在、登録会員は約1.2万人に達し、広告を打っていないにもかかわらず今でも毎月200名ずつ登録が増えている。月間のサイト訪問者数は4.1万人、ページビューは8.5万PVと、うつ病を中心とした分野で大きなプラットフォームになっている。
林さんもうつ病の当事者だった。新卒で入った会社でパニック障害からうつ病を発症した。回復と再発を繰り返し、「寛解するまでに5年以上かかった」。
林さんはご自身の原体験からうつ病に関心を持ち、同じ当事者に話を聞いてみると、発症してからの予後が良かったり短期間で職場・社会復帰した方と、逆にそこにご苦労された方には違いがあることに気付く。「(前者は)共通してご家族の理解やサポートがある一方で、(後者は)一人だったり家族関係がうまくいっていないケースが多かった」。患者当事者ではなく、それに対応する周囲、特に「家族に着目した」きっかけだった。
その上で30名ほどのご家族に話を聞いてみると、以下のような課題が浮き彫りになった。
検索すれば情報自体はあるが、前提として症状の個別性が高いために、どれが自分のケースに合った情報かがわからないし、論文などからもそれを見つけられず、結局「情報にたどり着けない」。
病院などに家族向け相談窓口はあっても、その存在を知らなかったり、家族が働いていれば有給を取って相談に行かなければならない。また、当事者の支援の仕方は教えてくれるが、その周囲で苦しむ家族の方をサポートするものではなく、「視点が違っている」。
当時、統合失調症など他の疾患では地域に家族会があったが、うつ病などではご家族同士が対面で会う機会は限られていた。それ故、家族が身近や周囲に打ち明けられず、「社会的に孤立している」。
これに加えて、「家族の感情表出」についての研究も参考にした。患者と暮らすと、どうしても「ご家族自身が(患者に対して)批判や不満などの感情を表出させてしまう」。それ自体は仕方ないことだが、大事なことは、「家族をサポートすることで、その表出が下がり、患者と家族の関係性が良化する。結果的に患者本人の再発リスクが下がる」ことだった。
こうした入念なリサーチを経て、「ご家族のサポートを通してケアの負担を減らし、患者さん自身の改善につなげる」という、林さんの事業のビジョンが固まった。
当事者であっても「もともと医療や福祉のバックグラウンドではなかったが、専門職の方々がすごく応援してくれた」。専門職も家族の支援の重要性は理解しているものの、今の医療や障害福祉の枠組みだと家族の支援まで届きづらかったり、病院で家族の相談に乗っても保険点数が付かないなどの制度的な課題もあった。そのため、そうした「自分たちでは手が届かない部分を担ってもらえるなら応援する」と言ってくれた。 それから「医療に関わらず多職種に関わってもらうことを意識」し、精神科の医療関係者だけではなく産業医など、これまで合計30~50名もの支援を受けてきた。
家族への支援は、制度面にも及ぶ。特に治療の初期など、患者自身の調子が悪ければ、各方面の手続きは家族が代わって行う必要がある。障害年金や自立支援制度など、患者の場面場面で適切な制度や申請の方法など「情報提供を通じて、ご家族の適切な意思決定をサポートしたい」。
一方で、現在は匿名の掲示板を使ってご家族やパートナーの方同士が悩み相談や情報交換を行っているが、「その日に起こった出来事について情報提供や共感は得られても、(患者の症状の先が見えない)霞がかかった感じに寄り添うには、今の形だけでは解消できない。」という課題も認識しており、今後は心理専門職の力を借りた個別オンライン相談なども検討中だ。
このように林さんは、患者ご家族や専門職とのネットワークを通じてうつ病など特定の疾患への深い理解を背景に、製薬会社による医薬品開発に向けた患者・市場調査や治療周辺の新規事業開発支援に取り組んできた。
しかし、「今が大きな転換期」だ。林さんはここからさらに、当事者やご家族の体験を起点にメンタルヘルスのサービスを検討している。治療に限らず、「症状を抱えたことでの日常生活での課題も多い」ため、生活関連メーカーなどとの連携も模索している。
まだうまく言語化できていないと前置きしつつ、「当事者の体験を、それぞれの疾患領域で縦割りに考えるのではなく、横串につなげていくことはできそう。」と林さんは強調した。さらに力を込めて、「メンタルヘルスの領域は変えず、でもタテで見ずに、課題を抱えるシーンなどユーザー体験をベースに自社のドメインを捉えて入り込んでいく」と話された。
林さんはもともと当事者だ。しかし、その経験だけに留まらず、あくまで客観的に課題を深掘りし、当事者ではなくその家族にフォーカスしたサービスを立ち上げ、専門職など必要なネットワークを広げてきた。また、その間も並行してヘルスケア関連のスタートアップで研鑽を積むなど、ビジネスモデルも磨いてきた。
林さんのような起業家が続々と生まれて欲しい。そんな方こそ応援したい。そう強く思う時間をもらった。
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