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これまでの研究や理論は本当にあっているの?

こどもてつがく高学年10月

文 サブファシリ 高校一年 松井康太朗




みんなで議論する問いを決める



この日は、最初に、みんなでテキストを輪読しました。そして、読んだ内容からみんなで議論したいテーマを考えることにしました。












二つのグループに分かれたうちのだいちゃんグループは、
『これまでの研究や理論は本当にあっているの? またあってるとしたらどうして分かったの?』という問いで哲学対話を行いました。
 


 この問いについて話し合う前に、まずはそれぞれ対話の前の考えを用紙に書いていきます。
真剣に用紙と向き合い、時に天井や床を見つめながら考えるみんなの姿が印象に残りました。


 一通りみんなが書けただろうというところで、考えを共有していきます。


本当に合っているの?



 『これまでの研究や理論は本当にあっているの?』

という問いに対しては、あっているものも、あっていないものもある、そして合ってるものも、もしかしたら後で変わるかもしれないという意見で概ね一致していたように思います。
「一つのことでも色んな意見があるからあってるという保証がない」
「人は誰でも間違えることがある」
「その時はあってたとしても、研究がくつがえることもある」
などが理由にあがりました。


合っているとどうしてわかるの?


 『あってるとしたらどうして分かった?』
という問いに対しては分からない点も多そうでしたが、
「じっくり考えた後で、これだみたいなことあるから、ひらめきや勘を、科学的根拠(があるもの)にするんじゃないかなと思う」
「証拠や、記録があれば分かる、けど、どう調べたか研究者しか知らないし、方法も分からない」
といった意見が出ました。

全員の意見を聞いてみたところ、前半は大体、あってるものもあるし、あってないものもあるということでしたので、後半の『あってるとしたらどうして分かった?』の方に焦点を当てて考えてみることにしました。

何があっているのか、その条件を探すためにも、まずは内藤さんから質問です。
「これは流石にあってると思うみたいなことはある? 例えば、太陽の周りを地球が回ってるみたいな」

「ビッグバンとか」
 おぉ、最初の例が宇宙の話なのもあって、なかなか攻めたところを行ったな、と思いましたが、確かに、否定されていたけど今では広く信じられていうという点は地動説にも似ています。

「重力があることも分かってる」
「実際に宇宙に行った人もいるし」
というか意見も出ました。

「じゃあ、あってるとするのに必要な条件は何だと思う?」
と内藤さん。

自分で経験しないとわからない?


「重力に関しては、宇宙飛行士が宇宙に行って無重力だったみたいなのも言ってるから絶対だと思う」
という意見に
「でも、宇宙飛行士が嘘をついてたら?」
という反論が起こります。
 もし、ここが『重力が本当にあるのか』を議論する場なら、それは流石に仮定がすぎると言われるかも知れませんが、嘘をついていないという証拠は確かにありません。良い疑い方だなと思いました。

「確かに、実際に宇宙に行ったのはわずかな人だから。私たちは宇宙があるのかとか、火星に火星人がいないのかも分からない」
 確かに、と同調する声に一つの仮定が浮かび上がります。
「自分で見たものしか本当か分からない?」
 面白い意見が出ましたね。
 
 ここは踏み込んでみたい点なので
「自分の目で見たものしか分からない?」
と内藤さんが問い直します。

「宇宙のことは、確かに私たちは宇宙に行ってないけど。宇宙飛行士だって一人や二人じゃなくて、もっといてみんな同じことを言っているから正しいと思う。それに嘘をつく必要があんまりない気がする」
 なるほど、確かに一人よりも何人もいた方が信憑生は上がりそうです。

「もしかしたら、物語にみたいになっちゃうけど火星人とかに脅されたりしたら、嘘つかないとかも」
「なるほど、宇宙に行ったら火星人に、お前ら絶対重力なかったって言えよ、言わなかったらやばいよ?みたいにね」
若干コントチックな内藤さんの言い方に少し笑いが起きます。

自分で見たことは正しい?


少し話題を変えて
「自分の目で見たことは本当に正しい?」
と聞いてみます。

「……もしかしたら幻覚かも、薬飲まされてるみたいな。というかここにいること自体が夢かもしれない」
 という意見が出ました。

「夢かもしれない?」
と聞き直してみると、
「この世界がVRみたいなものかもしれないという仮説は聞いたことある」
「本当は別の世界にいるのかも」
と、反論はあまり浮かばないようでした。

「VRの世界なら確かなことはない気がする」
 おぉ、なんというかちょっと、デカルトっぽいですね。
「じゃあそれに反論ってありますか?」
と、内藤さんが聞いてみるとなかなかパッとは浮かばない様子。

ということで、
「目で見る以外ならどんな方法があるかな?」
と聞いてみます。

「まだ、弱いかもだけど。触ったら目で見るより信じれる。触らないと絵かもしれない」
という意見や
「実験や、研究をすれば……その人は正しいと信じれるかもしれない」
という意見が出ました。

「どうやったらあってると信じれるか」
という話をしていくと
「ネットも信じられないし、実際に見るしかないかも」

「大勢で行ったりしたらどうですか?」
と内藤さん。

「写真撮ったりしたら良いかもだけど。やっぱり信じない人はいる気がするから、地球全員で行くしかないかも」
という意見が出ました。


そもそも宇宙ってなんだっけ?


途中、そもそも宇宙ってなんだという話も出ました。
確かに、宇宙というのは話すには少し身近な例ではなかったかもですね。だからこそ出てくる話もありましたが、時間があればもっと身近なことについても聞いてもよかったかもです。

ただ、残念ながら今日はここで話し合いが終了。
みんなから、短っ!という声が上がりました。


サブファシリの感想


今回は研究や理論があっているとどうして分かったかという話が、みんな大好き宇宙の話に盛り上がって行きました。「でも」と反論が上がっていてよかったなと思います。途中、「我思う故に我あり」で有名なデカルトに近づくような考えが出ましたね。哲学の良いところは、論理的に思考を重ねれば特別な研究をしていなくても他の人の道筋を辿れることだと思います。みんなで、共有できることというのは「あっている」というのに大事なことかもしれないなと、気づかされました。普段は考えない、そもそもあっているものなんてあるのか、という問い。こういった問いをみんなで深めていけると良いなと思いました。



同じ日のもう一つのグループの記録はこちら


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