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記憶の紙魚

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雨森が集めた怪談。 こっそり怪談イベントの感想も。 ※朗読や語り利用されたい方はご連絡ください。 内容の肉付け含め相談OK。勉強中のため無償です。
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2022年9月の記事一覧

足跡

埼玉県住宅地にある、車一台がようやく通れるぐらいの道。 彼女が帰宅するにはこの道が一番早い。 斎藤さんの帰宅時間は、大体は日付が変わる頃であった。 彼女は夜道を歩く時でさえスマートフォンを手放さない。 SNS依存症で、常に画面を見ていないと落ち着かないのだ。 バズっている事柄にはいち早く反応をし、自身も何か見つけては投稿するのが常だった。 「雨じゃ何かあってもうまく写真撮れないんだよね……」 斎藤さんは独り言ちた。 この夜は雨が降っていた。 左手に傘、右手にスマホを握ってい

朝の声

今は陰湿な空気が消えない庭。 これを通らねば家の敷地からは出られない。 学生時代の侑介さんは、この庭が好きだった。 当時、彼の母親は華やかな庭園に憧れていた。 吹き抜ける風と木漏れ日。 レンガを並べた小道。 そこに生垣のようにして並べられた膝下ほどの高さの庭木。 庭には常に季節の花々が咲き乱れていた。 侑介さんにとっては、母のように明るく華やかな場所。 更には、学校に向かう時だけ、こんな声が聞こえた。 『オハヨウ。イッテラッシャイ』 ある日は『オハヨウ。ケシゴム』。 ま

呼応蛇

静枝さんは車で仕事に向かっていた。 河川の両脇に土手があり、そこの車道を走る。 この道は一方通行で、車1台分の広さしかない。 この時、静枝さんの視界にはあるものが見えた。 潰れた蛇の死骸だった。 ちょうど右のタイヤが通る延長線上に、細長い黒い物体。 まわりに赤黒いシミを作っている。 --避けないと。 すでに無惨な状態。これ以上死骸を轢くはないだろう。 彼女はそう思い、少しだけハンドルを切った。 ガッ 死骸は避けたはずだが、車体が大きく傾く。 ガガッギチッ 連続して

ユーズド

コスプレ衣装や備品等を貸し出す商売をしている、浜田さん。 彼の仕事は、大々的には書いていないが24時間対応をしていた。 深夜の収録などにも贔屓にしてもらっているため、いつでも倉庫に行けるように車を用意している。 この日は、26時頃に収録で使いたいと急な依頼が入った。 すでに時間は24時半。 倉庫での受け渡しだったが、時間があまりない。 彼は慌てて車に走った。 しかし、ドアが開かない。 鍵はオートキーで、近付けば解錠されているはず。 時間もないので確認もせずに鍵を鍵穴に突っ込

入場しました

改札で交通ICカードを使用するたびに、入退場の通知が入るシステムがある。 楓さんは娘の真奈さんに、システムと紐付けた定期を持たせていた。 中学生になり、部活などで帰宅時間が疎らになったためだった。 朝の入場通知が2回入っていた。 「真奈、今日学校行く時に忘れ物でもした?」 「してないよ。なんで?」 「朝2回通知が来たから。うちの最寄り駅で入場2回」 「それなら退場なきゃ変じゃん」 誤通知だろうと楓さんは思ったそうだ。 しかし、この日から朝の通知が2回ずつ来ることが続く。

疑似餌

まだ毎週土曜日に午前の授業があった頃。 昼のチャイムを合図に、下校が始まった。 当時小学2年生だった知佳さん。 1人で帰り道を歩いていた。 --今日もお部屋を見ようかな。 彼女は街路樹にできた、こぶしが入るほどの大きさの洞を眺めるのが好きだった。 洞がある場所は、幾重にも重なる木の根っこの隙間だった。 本当ならば毎日でも覗き込みたい。 しかし平日の下校時間は生徒が多い。 土曜のように部活や親が迎えにくる子供が多い日。 そういう時でないと、他の子供にこの洞が見つかってしまうと

下駄占い

ペンキが所々剥げているような、何の変哲もない歩道橋。 看護師の坂谷さんは、小さい病院で務めている。 彼女は徒歩通勤で、この歩道橋を使う。 「また……下駄がある……」 いつからだったかは定かではない。 毎日、どんな時間でも、歩道橋の真ん中に下駄がある。 浮世絵にあるような、角張った分厚い下駄だ。 しかも日によって向きが違う。 この日は、鼻緒側を下に、縦になっていた。 --そういえば数日前も同じように縦になっていたなぁ。あの日は忙しかったなぁ。 坂谷さんは、いつものように下

ゆめのうみ

最初は乗り過ごしてしまったのだと、思ったそうだ。 陽の光のみのようだが、非常に明るい。 この車両の乗客は、彼女と自分。2人きりであった。 帰宅中の汐里さん。 座席はすべて埋まり、立つ人もチラホラいるぐらいの混み具合であった。 汐里さんは端の席に座っていた。 時計を見ると20時半。窓の外はすっかり夜だった。 家の最寄り駅までまだかかる。 彼女は少しだけ目を閉じることにした。 起きると、長く寝てしまったような、体の鈍さを覚えたそうだ。 起きがけの頭では、車内の状況が理解できな

たていしさん

五郎丸さんは飲食店務めだ。 始発で行くような早番、終電で帰ってくる遅番。 過酷なシフトに加え、月の休みも消化できなくとも、黙々と働くような真面目な気質であった。 この時期は早番が多かった。 遅番で帰る時間帯とは違い、家の最寄り駅付近でも外食ができる。 食べて帰っても大体20時頃までには帰宅できるのが嬉しかった。 --また、あのじいさん、こっちをみてるな。 通勤時に必ず通るアパートの前。 2階の角部屋でレースカーテン越しにこちらを眺めるような人影が見えた。 そこには、気の

山ノ神より

勇人さんの地元は山の中の小さな村だ。 車を持たない学生は、学校へ向かうのにバスを使うほかない。 朝と夕の時間帯だけ1時間に1本のバス。 それ以外の時間は更に間隔が開いていたそうだ。 「昔は子供が沢山いて、通学時間のバスは3台連なっていたんだぞ」 などと父親から聞いていたそうだが、勇人さんが乗り込むバスはいつもガラガラだった。 隼人さんが小学生だった、ある日。 学校で同級生と大喧嘩し、一緒のバスに乗りたくないと夕方のバスに乗らなかった。 そして数キロ先の『山ノ神』と呼ばれる神

鉄腕の歌声

アニメ主題歌のメロディがホームに響き渡る。 克哉さんは、大学生の頃からこの駅を離れた事がなかった。 新卒入社した会社も、決め手はこの駅だったからだ。 彼には朝の日課あった。 駅のホームの端まで歩き、子供たちの合唱を聞くことだ。 どこかから聞こえる元気いっぱいの歌声に、夢中になっていた。 まるで自分が元気になったように思えるそうだ。 逆に寝坊をしたりして合唱を聞けなかった日は、どうにも調子が出ない。 それどころか、まわりから心配されるほど体調を崩してしまうこともあった。 こ