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たていしさん

五郎丸さんは飲食店務めだ。
始発で行くような早番、終電で帰ってくる遅番。
過酷なシフトに加え、月の休みも消化できなくとも、黙々と働くような真面目な気質であった。

この時期は早番が多かった。
遅番で帰る時間帯とは違い、家の最寄り駅付近でも外食ができる。
食べて帰っても大体20時頃までには帰宅できるのが嬉しかった。

--また、あのじいさん、こっちをみてるな。

通勤時に必ず通るアパートの前。
2階の角部屋でレースカーテン越しにこちらを眺めるような人影が見えた。
そこには、気のいい老人が住んでいる。
いつも外を眺めたり、タバコを吸っていて、目が合えば笑って会釈してくれる。
五郎丸さんは、その老人の顔を自然に覚えてしまっていた。
翌朝、またアパートの前を通る。
昨夜と同じように、電気がついていて人影が確認できた。
まだ暗い時間だというのに、起きているようだった。

--相変わらず早起きだな。

更にその翌日、五郎丸さんは遅番だった。
駅前で昼食を食べてから仕事に向かおうと、早めに家を出た。
11時頃。アパートには電気がついているようで、人影があった。
時間は経過し、夜の24時。やはり、電気、人影。

--まずいだろ。

彼はその場で警察に連絡をした。
警官が到着し、一緒に部屋まで行くことになる。
部屋には鍵がかかっておらず、扉を開けた瞬間にその場いた全員が眉をひそめた。

第一発見者になった五郎丸さん。
なぜわかったのかと、何度も事情聴取された。
「いつも早寝早起きなのに、部屋の明かりがつきっぱなしでした。いつ見ても窓際に同じ体勢で立っているのを見て、もしかしたらと……」
「それが不思議なんだよね。五郎丸さんには見せてないけど、立石さん、布団で亡くなってたんだよ」

鼠や虫に荒らされるほど、腐敗が進んだ体。
布団に溶けていたそうだ。
寝ていたのであれば、当初は電気が消えていたのだろう。
今月から電気メーターの使用量が増えていたこと。
カーテン越しの人影を、通報時に駆けつけた警官も見ていること。
それを亡くなっているはずの老人の影だと、五郎丸さんが認識していること。
不可解な事は数点あったが、この話は孤独死で収束した。

五郎丸さんは、未だにその部屋を見上げてしまうという。
あの気のいい老人、立石を思い出して。

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