見出し画像

呼応蛇

静枝さんは車で仕事に向かっていた。
河川の両脇に土手があり、そこの車道を走る。
この道は一方通行で、車1台分の広さしかない。
この時、静枝さんの視界にはあるものが見えた。
潰れた蛇の死骸だった。
ちょうど右のタイヤが通る延長線上に、細長い黒い物体。
まわりに赤黒いシミを作っている。

--避けないと。

すでに無惨な状態。これ以上死骸を轢くはないだろう。
彼女はそう思い、少しだけハンドルを切った。

ガッ

死骸は避けたはずだが、車体が大きく傾く。

ガガッギチッ

連続してタイヤが詰まるような感覚がした。
そのまま硬い何かの上を跳ね、車体が浮かんだ。
そして、土手から川へと落ちた。
スローモーションに流れる景色の中。
静枝さんは道路に横たわる女と目が合った。
その女の下半身は蛇で、顔は嬉しそうな笑顔を浮かべている。その唇がパクパクと動いていた。
何が、何を言っているのか。目を凝らそうとした。
が、次の瞬間。
全身が打ち付けられ、意識を失うことになる。

静枝さんは幸いにも助かった。
しかし、背骨の神経を少し傷めてしまったそうだ。
脚だけが、手術やリハビリを重ねても動かないらしい。
彼女は毎晩、体を横たえる時に思うことがある。

--今の自分の姿、あの女にそっくり。

弛緩した脚がまるで蛇のようだった。
唇の動きも何度も思い返しているうちに、しっくりくる言葉が浮かんだそうだ。
「仲間だねぇ」
この川では、以前から自分のような横転事故が多かったのだ。

静枝さんはこの事故のために仕事を辞めねばならず、未だ社会復帰できていない。
彼女はこのまま孤独に苛まれることがあれば、自分も仲間を増やしてしまうのではと怯えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?