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ゆめのうみ

最初は乗り過ごしてしまったのだと、思ったそうだ。
陽の光のみのようだが、非常に明るい。
この車両の乗客は、彼女と自分。2人きりであった。

帰宅中の汐里さん。
座席はすべて埋まり、立つ人もチラホラいるぐらいの混み具合であった。
汐里さんは端の席に座っていた。
時計を見ると20時半。窓の外はすっかり夜だった。
家の最寄り駅までまだかかる。
彼女は少しだけ目を閉じることにした。

起きると、長く寝てしまったような、体の鈍さを覚えたそうだ。
起きがけの頭では、車内の状況が理解できない。
なぜこんなに明るいのだろうかと思った。
「あの、次は何駅でしょうか?」
正面の席に座る女性に話しかける。
女性は読んでいた本を閉じ、汐里さんの目を見た。

「ゆめのうみ」

「え?」
がたん。
電車が大きく揺れる。
女性の後ろの窓から、断崖と青い海と空が見えた。
そのまま電車がトンネルに入り、車内が真っ暗になる。
次に明るくなった時、そこは眠る前の車内の様子に戻っていた。
『この電車は森林公園行き各駅停車です』
聞き慣れた車内アナウンス。
外は夜。次が最寄り駅だ。
汐里さんは埼玉へと帰ってる最中のはずだった。

「ゆめのうみ……?」
「ゆめのうみに行ってきたんですか?」
隣に座っていた男性に顔を覗き込まれた。
「駅のモニュメント、見ました? 最高ですよね」
「えっと……私はずっと電車にいて……」
汐里さんが答えると、男性は驚いた顔になり、そして立ち上がった。

「……せめて駅には行けるといいですね」

呆気に取られていると、駅に着いた。
時計を見ると、時間は19時半。巻き戻っていた。

眠る前の時刻は見間違えだったのか、今でもわからないという。
ただ、電車で言葉を交わした男女。
その2人にまた会う気がする予感がするらしい。

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