見出し画像

山ノ神より

勇人さんの地元は山の中の小さな村だ。
車を持たない学生は、学校へ向かうのにバスを使うほかない。
朝と夕の時間帯だけ1時間に1本のバス。
それ以外の時間は更に間隔が開いていたそうだ。
「昔は子供が沢山いて、通学時間のバスは3台連なっていたんだぞ」
などと父親から聞いていたそうだが、勇人さんが乗り込むバスはいつもガラガラだった。

隼人さんが小学生だった、ある日。
学校で同級生と大喧嘩し、一緒のバスに乗りたくないと夕方のバスに乗らなかった。
そして数キロ先の『山ノ神』と呼ばれる神社まで歩いたそうだ。
そこにはトタンで出来た小屋のようなバス停がある。
ここで一休みして、次のバスから乗る予定であった。
「坊、乗っていくか。家はどこだ?」
「大丈夫。次のバスで帰れるよ」
「そうか? でも、もう暗くなるぞ」
「お母さんから知らない人の車はダメだって言われてるから……」
すでに夜が近付いていることもあって、通りがかる車がみな同じように声をかけた。
その度に隼人さんは断って、バスを待った。
知らない人の迷惑になった事を怒られるより、帰宅が遅い事を怒られる方が幾分マシに思えたからだそうだ。
そして、星が瞬く頃。ようやくバスがやってきた。
目の前に止まると、バスの後ろにまだ2台連なっていることに気がついた。
「坊、乗るか」
運転手が声をかける。
いつの間にかバス停には長蛇の列が出来ていた。
赤と黒のランドセルの子供達が、微動だにせず1列に並んでいる。
「今なら先頭に入れてやれるが」
「あ……僕……」
「1番だぞ」
運転手と子供達の視線が突き刺さるようで、恐ろしくなった。
何故だか乗りたくはない。
「あの……お母さんが……」
理由を考えたいが頭は回らず、母親のことを喉から絞り出した。
すると、子供達の列が動き出してバスに乗り込み始めた。
みな一様に正面だけを向いて、無言で入っていく。
そして、何事もなかったかのように満員バス3台は、走り出した。
暗い山道。3台分の明かりが登っていくのを眺めるしかできなかった。
その後すぐに、心配した母親が隼人さんを見つけ出した。
家に着くと、1時間以上前に終バスが終わっている時間だった。

赤と黒のランドセルの列。みな同じように動く子供達。
カーブが強い山道を無視するように、真っ直ぐに登っていく明かり。
3台連なる、バス。
隼人さんは、今でもあれらが何だったのかと考えるそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?