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下駄占い

ペンキが所々剥げているような、何の変哲もない歩道橋。
看護師の坂谷さんは、小さい病院で務めている。
彼女は徒歩通勤で、この歩道橋を使う。

「また……下駄がある……」
いつからだったかは定かではない。
毎日、どんな時間でも、歩道橋の真ん中に下駄がある。
浮世絵にあるような、角張った分厚い下駄だ。
しかも日によって向きが違う。
この日は、鼻緒側を下に、縦になっていた。

--そういえば数日前も同じように縦になっていたなぁ。あの日は忙しかったなぁ。

坂谷さんは、いつものように下駄の横を通り過ぎた。
何の変哲もない、日常であった。
しかし、彼女が病院に到着すると、それは急変した。院内が非常に慌ただしかったのだ。
どうも、子供が2階から落ちてパニックを起こした親御さんが、近所にあったこの病院に運び込んできたらしい。
本来なら動かしてはいけない状態。
大きい病院に搬送しようと救急車を手配しているが、大変危険な状況であった。
坂谷さんも仕事に追われるが、ふと下駄の事を思い出した。

--数日前の忙しさも、急患が担ぎ込まれてきたからだった気がする。

思わず、隣にいる同僚に話かけた。
「ねえ、この前もかなり忙しい日あったよね」
「あったね。あの時も隣のビルから清掃員が落ちて……こういうの、続く時は続くよね……」
「あの人、どうなったか知ってる?」
「搬送後に亡くなったらしいよ」

坂谷さんは、それから毎日の忙しさが何となく予想できるのだという。
彼女は、今でも毎日歩道橋を使って病院へと向かうそうだ。

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