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鉄腕の歌声

アニメ主題歌のメロディがホームに響き渡る。
克哉さんは、大学生の頃からこの駅を離れた事がなかった。
新卒入社した会社も、決め手はこの駅だったからだ。

彼には朝の日課あった。
駅のホームの端まで歩き、子供たちの合唱を聞くことだ。
どこかから聞こえる元気いっぱいの歌声に、夢中になっていた。
まるで自分が元気になったように思えるそうだ。
逆に寝坊をしたりして合唱を聞けなかった日は、どうにも調子が出ない。
それどころか、まわりから心配されるほど体調を崩してしまうこともあった。

この経験から、克哉さんは朝の日課が健康に繋がっているのでは、と考えた。
通勤のたびに日課をこなすと、疲れ知らずになり、仕事はどんどん評価された。
引っ越す時も、必ずこのホームに降りたてる場所の駅を選んだ。
毎朝歌声を聞いてさえいれば。彼の人生は順風満帆そのものだった。

ある、とても気持ちのいい朝。
子供たちの歌声も心地よく、克哉さんは思わず目を閉じた。

「何をしているんですか!!!」

誰かの怒鳴り声と腕の痛さに驚く。
目を開けると、ホームから線路へ、自分が宙吊りになっていた。
何人もの人が自分の腕を掴み、ひっぱりあげようとしている。
自分から10メートルほど離れた線路上では、電車が止まっていた。
動こうにも、体のどこにも力が入らなかった。

克哉さんはそのまま搬送され、極度の過労状態と診断される。
当時の目撃者には、急に意識を失い、膝から崩れ落ちたと認識されていたそうだ。
彼は疲れ知らずではなかった。
体にはとっくに限界が来ていたのだ。

克哉さんは、現在は転職して在宅での仕事をしている。
今でも慢性的な疲労感に悩まされていて、よくあの歌声を聞きたくなるそうだ。
だが、この駅周辺の学校などの施設を調べても、ホームまで歌声が届くような場所はなかったという。

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