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懐かしい音楽がよみがえる:村上春樹『一人称単数』

村上春樹『一人称単数』
軽快なエッセイのような「『ヤクルト・スワローズ詩集』」から、すり硝子の奥を覗くようなホラーとしても読める「一人称単数」まで。目を離すと揮発してしまいそうな現代日本人の感情を精緻に切り取った短編が収録されている。懐かしい音楽が再び湧き出した泉のようによみがえる。

 以前にも『一人称単数』を取り上げたことがあったが、文庫化したので再び読み返してみた。

 チャーリー・パーカーのことはほとんど知らないけれど、ビートルズのことは少しだけ知っている。だから、村上春樹の文章に響いているジャズ・ミュージックを鋭敏に感じ取ることはできないけれども、ビートルズを聴いている午後のけだるい心地良さというものは鮮明に思い浮かぶ。

 しかし、世間はせわしなくなり、のんきな昼下がりというものは贅沢品になってしまった。だからこそ、この本を読んだときに、そんな感情を思い出すことになった。「懐かしい音楽が再び湧き出した泉のようによみがえる」というのは、そういうことだ。

 新作に関しては、5月にでもゆっくりと読みたいと思っている。

追記:執筆最中、坂本龍一氏の訃報に接した。ご冥福をお祈りしたい。(2023/04/02 21:55)

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