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私の読書日記~折口信夫、リスペクトル:2021/07/13

※※ヘッド画像は てっちゃん さまより

先週末に折口信夫『死者の書』、クラリッセ・リスペクトル『星の時』の読書会にそれぞれ参加したのだが、感想は中々まとまらない。楽しい読書体験であった。しかし、他者に自分の感想を説明するのに、細心の注意を払う必要があると感じた。

話をうまく整理しないと、たやすく”伝わらない文章”になってしまいそうなのだ。一冊の本を丁寧に説明する記事を書くには、時間が要る。そうは言っても、時間が掛かりすぎては、熱がなくなってしまうかもしれない。

今日は”わかりにくい文章”でそのまま書くことにする。熱が冷めてしまう前に。(私の文章がわかりにくいのは、いつものことかもしれないが。)

折口信夫『死者の書』

日本近代文学の傑作の一つである。古語をふんだんに取り入れながら、古代の日本の人々の感性をくっきりと映し出している。「やまとごころ」から「漢意(からごころ)」へのダイナミックな変遷・転換を、オノマトペを用いた独自の表現手法時系列のシャッフル徐々に変化していく文体によって、巧みに表現している。それが『死者の書』である。

した した。  水は、岩肌を絞つて垂れてゐる。
――折口信夫『死者の書』青空文庫

「した した。」というのは水の滴る音である。暗い洞穴の中、水滴の音はかえって恐怖を煽りそうなものだ。少なくとも、ホラー映画の文法ではそうである。しかし本作では、水滴の音にむしろ安堵を感じる。懐かしい湿度を伴って、清水が滴っているからだ。

『死者の書』では、これ以外にも、様々なオノマトペの一行が挿入される。オノマトペ行が挿入されていく度に、混沌とした時系列が秩序だって整理される。水滴が垂れていく度に、物語が結晶化していくのだ。神話から説話に、説話から小説になっていく。

本作を読み進めていくと、このことがよく実感できる。最初は台詞で話を展開していたのに、終盤では地の文で頁が占められていく。それこそ、この作品の冒頭では、語り部の老婆が土地の噂を伝えていた。だが、物語の終盤では、いなくなってしまう。

終盤の印象的な文章を引用してみたい。

もう、世の中の人の心は賢くなり過ぎて居た。独り語りの物語りなどに、信(シン)をうちこんで聴く者のある筈はなかった。
――折口信夫『死者の書』青空文庫

人々は既に整理されたものを求めるようになっていた。台詞よりは客観的であろう地の文。時系列通りの展開。やまとことばよりも漢語を多用した文章。そういうものが好まれるようになった。

こう読んでいくと、『死者の書』は、「やまとごころ」から「漢意」への変遷を表現しているのではないか、と思えてくる。それと同時に、西洋思想を取り入れて近世から近代へと向かっていく日本の姿も映しているようにも見えてくる。近代の自我や理性と引き換えに”何か豊かなもの”を喪ってしまった気がしてくる。

しかし、この作品の結末にはどこか爽快感がある。未読の方のためにそれは伏せておくことにする。小説全体としては、曼荼羅を織り込んだタペストリーのような荘厳さがあるので、ぜひお読みになっていただきたい。奈良の古寺を巡るような感動が、そこにはある。

ただ、現代人には馴染みのないことばが多く用いられる。また、時系列が乱されている分、構成も複雑で、捉えがたい。あらすじをどう簡潔に整理していくか、についてはじっくりと考えねばならない。難しい。

クラリッセ・リスペクトル『星の時』

この作品は詩的であった。惹きつけられる文章には違いない。違いないが、「この情趣を説明してみせろ」と問われたときに、うまく答える自信がない。

本作では、男性の小説家とおぼしき〈語り手〉を通して、マカベーアという女性の”悲惨だと言われそうな”生涯が綴られていく。「自分の人生が傍から見て不幸なものである」と知らない女性。スラム街に暮らし、親から碌な教育も受けられず、天涯孤独である女性。そんな女性の話である。

筋立てを聴いていると、ありふれた悲惨物語のように見えるだろう。しかし彼女の人生を語る〈語り手〉が曲者である。〈語り手〉は、マカベーアを子ども扱いしているように書く。また、マカベーアのことを面白がっているようにも映る。さらには自分の話もしだす。日本の読者にはこれが不評であったらしい。「マカベーアのことを小馬鹿にしている!」というネットの書評をよく見かける。不誠実で不愉快な〈語り手〉を抹消した映画版の方が良いと言う人も見た。

どうしてそんな語り方をするのだろうか? 別の記事でそれを解説していきたいと思っている。

しかしながら、この作品の奥を読み解いていくには、聖母マリアの話を知らねばならないように思う。多分、聖母マリアの話と『星の時』とを二重写しにしないと、人によっては不愉快とすら感じる〈語り手〉の存在意義を説明できない。

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