大谷崎が遺した宿題
※※ヘッド画像は Kayu さんより
最初に、谷崎潤一郎の偉大なエッセイ『陰翳礼賛』の一節を紹介したい。
たとえば、もしわれわれがわれわれ独自の物理学を有し、化学を有していたならば、それに基づく技術や工業もまた自おのずから別様の発展を遂げ、日用百般の機械でも、薬品でも、工藝品でも、もっとわれわれの国民性に合致するような物が生れてはいなかったであろうか。いや、恐らくは、物理学そのもの、化学そのものの原理さえも、西洋人の見方とは違った見方をし、光線とか、電気とか、原子とかの本質や性能についても、今われわれが教えられているようなものとは、異った姿を露呈していたかも知れないと思われる。
――谷崎潤一郎『陰翳礼賛』青空文庫 引用者太字
引用元の/\(繰り返し)は引用者が適宜置換した。
谷崎は「東洋人(あるいは日本人)が独自に科学を発展させていたら、より日本人好みの科学文明が実現していたのではないか?」という問いを発している。これは谷崎が現代に生きる我々に遺した宿題である。なんともワクワクする問いである。
しかし、谷崎の宿題は難問であった。自分の中で、どう考えても東洋流の科学が発展する未来が見えなかったのだ。多少は荒唐無稽になっても構わないから、一つの歴史SFになるような物語を編んでみたかった。たとえば、日本で産業革命を起こすような物語。こういう物語を論理的に紡いでいければ面白くなるだろう。そう思っていたのだが、今までは何の閃きもなかった。
平安女性を科学の担い手にしてみる
昨日のことである。『堤中納言物語』にある「蟲めづる姫君」の話を聞いて、「平安貴族の女性が、有閑階級として科学を発展させる物語があったら面白いのではないか」と閃いた。「蟲めづる姫君」には、虫(それも毛虫)を愛好する女性が主人公として登場する。現代の我々になじみ深い言い方をすれば、この主人公はいわゆる”リケジョ”である。こういう女性が日本の科学の担い手となるような架空の歴史物語を書いてみたら面白いだろう。そのように感じたのだ。
また、「蟲めづる姫君」に登場する姫君の人間像も個性的である。化粧や容姿といった外面的なことには無頓着であり、既成の道徳に囚われない。このような態度は、ともすれば本質を追究するような西洋思想に繋がっていくのではないか。
つまり、「蟲めづる姫君」という物語を起点として、平安貴族の女性を科学の担い手とする物語を用意していけば、素晴らしい架空の歴史物語ができそうだ。
そこに『銃・病原菌・鉄』の要件を乗せていく
残念ながら私は歴史の専門家ではないので、どうしたら説得力のある世界史を編めるのかは分からない。しかしながら、科学者がいるだけでは、産業革命までには繋がらないだろう。資源、政治体制、外交状況……やはり何らかの要件を満たす必要が出てきそうだ。
科学の発展の条件を吟味するために、『銃・病原菌・鉄』(素人なのでこういうメジャーな書籍しか思いつかない)といった書籍を参照する必要が出てくるだろう。
ここで、平安女性の成果を引き継いだ刀工や医師が主人公として活躍する物語を書きつないでいけば、物語はさらに面白くなるだろう。
おわりに
とはいえ、まだまだ設定は貧弱である。また、知識と筆力があれば、こういう話を小説として書けたかもしれないが、私にそんな技量はない。いつか天才がこの手の題材で傑作を生みだしてくれることを願う。
謝辞
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