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「肉の声を聴け。」最高の焼き具合を求めて

「肉の声を聴け。」

これは、僕がレストランカフェのメインディッシュ担当になりたての頃に、ベテランの先輩に言われた言葉です。

いろんなお肉を絶妙な焼き具合にしたくて、焼き方を教えてほしいとお願いしたら、返されたセリフでした。

「え、それだけ?」
「どういうこと?」

もっといろんなノウハウを教えてもらえると思っていた僕は、ぽかんとしていたことを覚えています。とにかく僕は、ほぼそれだけの情報でお肉を焼くポジションに放り出されることになりました。

それから間もなくして、先輩は別店舗の料理長として異動してしまい、肉の声の正体は何なのか教えてもらえないままでした。

ですが、今はその答え合わせも必要ないと思っています。

それは、いろんなお肉達と四苦八苦しながら対話を繰り返すことで、僕もその肉の声を今ではある程度聴くことが出来るようになったと僭越ながら思っているからです。

確かに、肉の声はあります。

「今、ひっくり返せー。」
「今、オーブンから出してー。」
「今、一番いい焼き具合!」

とか、こんなサインを焼いてる途中の肉は発しています。この声を聴けるようになるまでに、だいぶん苦戦しました。今日は、そんなお肉の声の話です。

かなりマニアックな話ですが、なんだが無性に書きたくなってしまったので、記事にすることにしました。

あまり日常生活で役立つ情報ではないと思います。あえて言うなら、ステーキを焼くときくらいじゃないでしょうか。肉野菜炒めみたいな、薄い肉を焼くときには肉の声はあまり必要ないです。

あと断っておきたいのが、ここで書く肉の声は完全に僕の我流です。そのため、論理的な説明よりも抽象的な感想の方が多くなってしまいます。

調理法に関しては、5〜40分ほどで焼き上げるスピード重視の高温調理を軸として、絶妙な焼き加減めざす過程を今回の記事では書いています。(レストランでは、ランチやディナーのオーダーが通ってから作るためです。)

言い換えると、長時間かけて、お肉のうま味を最大限に活かす低温調理といった観点では今回の記事は書いていません。

なので、同じ料理人の方がもし見て下さっているのであれば、「それはお肉の理論上、間違ってる!」という観点じゃなく、

「分かる!あるあるだよねー!」とか、
「へー、そういうアプローチするんだー。」

といった、ゆるい感じで読んで頂けると非常に助かります。どうぞ、よろしくお願いします。

・・・・・

▼肉の声その①〜ジュワッ!という肉汁と脂の弾ける音〜

最初に気付いた肉の声は、肉汁と脂が弾ける音でした。

厨房の料理人は、オーダーを何個も同時にこなすことが多いので、ひとつのステーキに掛り切りになれることはほとんどありません。ステーキを焼きながら、いろんな作業を同時にしています。

メインディッシュに不慣れだった僕は、その同時進行の段取りがうまく組めず、ステーキをグリルパンで焼いたまま手をつけられない時が何回かありました。(ちなみに、写真の溝のついているものがグリルパンです。)

手放し状態なので、当然、お肉は焼け続けていきます。じゃあ、お肉は完全に焦げてしまったのかというと、そうではありません。

なんとも都合がいいことに、お肉は焦げる手前で教えてくれるのです。

最初は、
「ジュッ」「ジュワッ」という音が小さく鳴り始め、

いよいよヤバくなってくると、
「ジュワワワワー!」と明らかにヤバそうな音を鳴らしてきます。

慌ててお肉をひっくり返すと、ちょっと焦げる程度で済んでいます。(でも結局、焦げたことには変わりない。)

つまり、何が言いたいかというと、お肉が明らかにヤバい警戒音を鳴らす前にひっくり返せば、ちょうどいい焼き具合にできるということです。

感覚的で申し訳ないのですが、
「ジュー!」「ジュワー!」くらいの肉の声がちょうどいいです。(ハンバーグおじさんか、ホリケンみたいなこと言ってしまってる…)

この「ジュワッ!」という音の度合いをしっかり聞き続けると、お肉をひっくり返すベストタイミングが掴めてきます。

ちなみにですが、このタイプの肉の声はグリルパンやバーベキュー網といった肉汁と脂が落ちるタイプじゃないとあまり聞こえません。

どうも肉汁と脂が、網から鉄板や炭の上に落ちて弾けるときに聞こえる音のようで、フライパンとかだと分かりにくい音の変化のようです。

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▼肉の声その②〜うっすらと滲み出る肉汁〜

じゃあ、フライパンで焼くときは肉の声は聞こえてこないのか、というとそうでもありません。フライパンで焼くときは、お肉の表面に浮かび上がってくる肉汁を見ましょう。

肉の声とか言いながら、見た目の話です。僕の思う肉の声は、お肉との対話で返してくれる何かしらの合図のことなので、見た目も肉の声ということにさせて下さい。

さて、フライパンでお肉の片面を焼いてると、肉の表面に実は肉汁がうっすらと滲み出てきます。このとき、まさにひっくり返し時です。というより、これ以上は加熱するべきではないです。

お肉に加熱を続けると、タンパク質が収縮して肉汁が押し出されます。つまり、焼いていない側の表面に肉汁が滲みでるということは、焼いている側がしっかり焼けたというお肉のサインになります。

こういう場合は、「もう限界!早くひっくり返して!」とお肉が訴えかけているので、すぐにひっくり返しましょう。

焼き肉に使う程度の薄い肉であれば、反対側にひっくり返して、軽く色が変わる程度にちゃちゃっと焼くくらいでちょうどいいです。(豚肉や鶏肉は、食中毒が恐いので念の為もう少ししっかり焼きましょう。)

1cm程度の厚みの牛ステーキだったら、反対側にひっくり返して、焼色が少し付くくらいにして熱源から放しましょう。その後、すこし温かいところでお肉を休ませると、予熱で中までしっとり火が通っていきます。

完全に余談ですが、このお肉の声が聞き分けれるようになると、BBQの場で職業病を起こしてしまいます。

赤信号の肉の声が同時多発的に発生する場所、それがBBQです。

焼肉奉行がしたいワケではなく、純粋にBBQを楽しみたいのですが、いろんなところから「ジュワワワワー!」という音が聞こえてしまって、どうしても気になってしまいます。「助けてー!」と言われているようで、本当に仕方がない。

分かっています。みんな、そんな気持ちでBBQをしていないということは百も承知です。みんな、お肉を食べることがメインではなくて、ワイワイしたいからBBQをしている。承知しております。

それでも、やっぱり目の前の食べ物がどんどん劣化していく様を、見逃せないのです。だから、どうしても手を出してしまいます。

最近のBBQは本当に多様化してきて、すごい良い贅沢なお肉を持ってきてくれることもしばしばあります。だから、それだけに、どうしても無視できなくなってしまいます。この悩みって僕だけなのでしょうか…。

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▼肉の声その③〜肉を触ったときの跳ね返り〜

さて、話を本筋に戻して、ここからはますます一般家庭では役に立ちそうもない話になります。

というのも、さらに分厚くなって、厚さ2cm以上のお肉を焼くときの話だからです。そんな厚みのお肉は家で焼くことは、あまり無いと思います。

レストランでは、分厚いお肉を焼くときは、肉の表面をしっかり焼くことで香ばしさを加えます。でも、このままでは中まで火が通ってないので、高温のオーブンに放り込みます。(レストランによっては、低温で1時間以上かけてじっくりオーブンで加熱するところもあります。)

高温のオーブンで肉の表面温度を急激に上げていきます。しばらくして、オーブンから取り出して、肉を指先で触ってみて、熱が充分に加わったか確認します。

この時のお肉の声は、こんな感じです。

お肉が「ふにゃっ」としている ⇒ もう一度オーブンに入れる。
パンッと跳ね返りのある弾力 ⇒ お肉からのOKのサイン

お肉からのOKサインがもらえれば、オーブンから取り出し、できるだけ温かい場所でお肉を休ませます。(厨房の上の方は恐ろしく暑いので、レストランではそこに置いてました。)温かい場所がなければ、アルミホイルに包んで、肉の表面温度が外に放熱しないようにします。

こうすることで、高温のオーブンで温められた表面の温度が、お肉の中にじんわりと伝わっていきます。お肉を休ませる時間は、オーブンで温めた時間の2倍程度休ませると肉汁の流出が極力抑えられます。

こういう工程を行うことで、分厚いお肉は外はカリッと中はふっくらジューシーに仕上げられます。

ちなみに、この跳ね返るような触感の肉の声は、かなり大きい塊肉でも応用できます。お肉が大きくても、火が通ってなければふにゃっとしていて、ある程度いい塩梅に火が通るとハリのある触感になります。

ローストビーフや鶏ハムを作るときにでも、何かの参考にして頂ければと思います。(慣れないうちは温度計をお肉の中心に刺してみて、中心温度を確認しましょう)

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▼肉の声を聴くのは難しい。だから、楽しい。

以上が、お肉を美味しく焼く為の肉の声の話でした。まとめると、

・「ジュワー!」という肉汁の弾ける音
・肉汁がうっすらと滲み出る
・肉の感触の跳ね返り具合

これらが、個人的に考える肉の声になります。

でも、ここまで言っててなんですが、これをお肉を焼くコツという形ではとらえないで下さい。

「肉の声を聴け。」

先輩がこのセリフだけしか言わなかった理由が、今ならなんとなく分かります。(結構かわいがってもらっていたので、別に嫌われていたワケではありません。)

それは、お肉の焼き方は千差万別。
これといった答えってないと思っています。

牛・豚・鶏・鴨・羊でもアプローチの仕方は変わります。

同じ牛でも、フィレ・肩ロース・サーロイン・ランプといった部位でも、その肉の厚みによってもアプローチの仕方が変わります。

予め常温に戻しておくのか、冷えた状態から焼き始めるのか、

どういう調理器具、調理方法、提供時間などによっても方法論は変わってきます。

焼き具合はどうするのか、ミディアムなのか、ミディアムレアなのか、レアなのか。

うっすら肉汁が滲み出て欲しいのか、肉汁の流出は避けたいのか。表面はカリッと焼きたいのか、ソフトな感じにしたいのか。などなど、マニアックですが本当にいろんなことが考えられます。

つまるところ、こう焼けばいいという明確な答えはなくて、その人がどういう条件で最高の焼き具合を目指すかで、アプローチ方法はかなり大きく変わります。

だから、「肉の声を聴け。」なのだと思います。

一個のアプローチを変えたら、一皿に盛られたお肉は必ず何かしら変化を伴います。

それはきっと、自分以外の誰かが見ても全然分からない変化だと思います。ですが、それでも確かに変わっています。

そのひとつひとつの小さな肉の声に真摯に向き合って、最高の焼き具合を探していくことが、僕は楽しくて仕方ないのです。

皆さんにも、このお肉を焼くロマンをすこしでも味わって頂けたらと思い、こんなマニアックな話を書いてしまいました。

ぜひ皆さんも一度、お肉の声に耳を傾けながら焼いてみて下さい。お肉は本当に正直なので、ちょっと工夫を凝らすだけで、焼き具合は変わってきます。

いろんなお肉を「こうしてみよう。」と、いろいろと試すことで、その変化を楽しんでください。

そうすることで、お肉を焼くことがちょっとずつ楽しくなればなと思っています。

そして、BBQのお肉にはせめて救いの手を差し伸べてやってください。

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本日は以上です。

こんな話にここまで付き合って頂いた方、本当にありがとうございました。
また宜しくお願いします。

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