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映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」今は亡き完全アウェイの議論の美学に刮目せよ。

誰も知らない三島由紀夫の姿がここにある。

憎しみの連鎖が止まらないSNS上で巻き起こる

誹謗中傷を言っては逃げるヒットアンドアウェイで撒き散らされた無責任な言葉たち。

あれは人が人として発した言葉なのだろうか。

多種多様な意見や価値観を持つ人と人が

この世の中にいて当然だ。

対峙するテーゼをぶつかり合わせて

もう一つの何かを見出す議論でもない。


昔、SNSはおろかインターネットさえ存在しなかった時

そこには真反対の考えをもつ人間同士が

自身の存在意義を賭して

命がけで臨んだ討論会があった。

私はこの映画を見て泣いた。

1969年5月13日。

あの日の三島由紀夫の姿と

彼に本気で向き合う学生たちの姿を

ぜひ若い世代に見てほしい。

誰も知らない三島由紀夫の姿がここにある。

出典:映画.com
(C)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会

この映画を映画館で観たのは2020年3月23日。

あれから1年以上映画館には行けなかった。

それから仕事も生活も激変。

変わらぬものは書き続けるシネマエッセイ。

でも「三島由紀夫VS東大全共闘」については言葉が見つからなかった。

監督はこの討論の舞台となる

東大教養学部出身の豊島圭介監督。

私は昔一度、この監督と一緒に仕事をしたことがあるが、この作品が彼の最高傑作だと思う。

この作品を撮るべきして撮った監督だろう。

時は1969年5月13日。

三島由紀夫が自決する約1年半前。

この年の1月に東大安田講堂を占拠していた東大全共闘に対して機動隊が出動して火炎瓶で迎え撃った学生たちが機動隊の催涙弾と放水攻撃の前に敗北するという事件が起きている。

そんな緊迫感溢れるヒリヒリした火中に訪れた三島由紀夫にとって完全にアウェイすぎる1対約1000人の直接対決。

こんな貴重映像をTBSが持っていたとは。

何といってもこの映画の魅力は、三島由紀夫の比類なき存在感とカリスマ性だった。

そして完全なる敵陣アウェイともいう中、東大全共闘の学生が繰り出す質問に正々堂々と向き合って、しかも彼らに敬意を払った上で丁寧に言葉を綴っていく。

その人としての器や彼の持つ言葉の力をまざまざと見せつけられて唸ってしまった。

振り返ってみるとそもそも三島由紀夫の生身の存在を私は知らない。

彼が生きていた時に私は生まれてないことに加え

小説で読んだのは「仮面の告白」と「金閣寺」を10代の時に

「若きサムライのために」を20代の時に読んで、その美学や哲学に魅力を感じつつも

ボディビルで執拗に鍛え上げた末にヌード写真集を出したり

ひどい映画にひどい演技を晒してみたり

そして最後は自衛隊に演説をぶってスルーされ割腹自殺。

という私には奇異に思えた彼のイメージに引いてしまったことに加え、彼の思想背景や当時の社会政治状況、特に安保闘争への理解も興味も深まらなかったため

敢えてそれ以上は踏み込まずという存在だった。

しかし、この映画を観て私は正直、予想を遥かに超えて圧倒された。

特に決闘というような議論の場での彼の謙虚かつ真摯な姿勢に。

普通、自分より遥かに稚拙な言語表現や論理性に欠陥がある質問には薄笑いして一蹴しそうなものだけど彼は決してそれをしない。

必ずうまく伝えられない学生のもどかしさを優しく受け入れて、その本質との意見の対比を明確に示しながら返答する。

本質をつく鋭い質問には心してそれに臨もうという彼の中の緊張感も滲んでいて

そこにいた学生たちは’俺たちに向き合ってくれている’という意味深い興奮を会場にたたえている。

当時の映像に挟まれる現在のインタビュー構成も非常に効果的だ。

小説家の平野啓一郎さんや評論家の内田樹さんの話も分かりやすく当時の社会背景や三島由紀夫の思想経緯を解説してくれる。

また当時の全共闘学生や三島の民兵組織、楯の会メンバーもまた50年が経った今彼らが人生の終盤期を迎えてあの時を振り返る言葉も非常に興味深い。

中でも内田樹さんの三島由紀夫のこの会場における彼の一貫した姿勢を語る言葉も印象深かった。

「三島由紀夫は誠実にこの1000人を説得しようと思っているんですよ。ひと事も自分の相手に対して困らせてやろう、相手を追い詰めてやろう、絶句させてやろう、論理矛盾を指摘してやろうということを1回もしてないんですよ。これはやはり大したものだと思います」

また総じて三島由紀夫と全共闘学生に共有する’本当の敵は別にいる’というどこか惹かれ合ってる底流の共感性が面白い。

それを踏み越えて共闘できるのか否か、、

最後に東大全共闘の小坂氏が全共闘と三島由紀夫に共通する現政権と社会システムに対する限界と闘争には共鳴し合いつつも

双方の間に大きく対立軸として横たわる天皇論を三島にぶつけたのは非常に良かった。

なぜ三島はそこまで天皇制の復権を唱えるのか。

彼の言っている天皇は当時の昭和天皇でなく彼の中の天皇だったのだ。

この点は小説家の平野啓一郎さんの考察がストンと私の心に落ちた。

「三島は10代の一番多感な時期を第二次世界大戦の末期に過ごしているわけです。天皇の名において自分と歳の変わらない人たちがたくさん死んでいますから、その事実の中で生き残ってしまった自分をどうするのか?ということが戦後の三島にとって非常に大きなテーマで特に彼が30代の間は戦後社会に適応しようとする涙ぐましいまでの努力の期間があったんです。ところが彼が40代になって発想の転換をするんです。天皇に代表されるような日本文化というものが、現実の戦後社会の堕落に対して能動的な力を持ち得るんだっているのは、40代以降の三島の天皇の読み替えのひとつの大きなところなんです」

ただ、私にとって一番スリリングだったのは

当時東大全共闘随一の論客と称される芥正彦が赤ん坊を抱き抱え独特な雰囲気を漂わせながら

三島由紀夫と闘わせた芥の「空間論」と三島の「時間論」の対決だ。

観念的ではあるがこの「全共闘」そのものの存在意義の本質に迫る議論は観ていて本当に興奮した。

この場面で三島由紀夫と芥正彦が交わした一見、観念抽象論とも思える議論に対して、私は凄く意味深いと思った。

何より行動第一を重んずる両者が観念論を語る意義は何か。

それは決して机上の空論ではない。

命を賭ける行動の意味を裏打ちするために

それを根底で支える思想と信念を厳密に言葉化する意義の大きさを私はこの議論に感じていた。

途中1人の学生が「そんな話じゃなくて俺は三島を殴りに来たんだ!」と叫ぶが

「じゃあ上がって殴りにこいよ!」と芥が怒鳴り、男は押し黙った。

この議論に関しても平野さんの言葉が大きく私の納得を補佐してくれた。

「結局、どこまで行っても社会というのを変えていくのは言葉なんです。言葉がない限りは社会システムは絶対変わらないですから。やはり言葉を突き詰めていくことの重要さというのが、あそこの議論の確信だったと思います」

最後に三島由紀夫の放った言葉で心に残ったものを2つ紹介しますが

その言葉は彼の全共闘学生への共感性と自分の信念に生きる熱への信頼に満ちたものだった。

「私が行動を起こす時は結局、諸君と同じ非合法でやるほかないんだ。非合法で、決闘の思想において人をやれば、それは殺人犯だから、そうなったら自分もおまわりさんに捕まらないうちに自決でも何でもして死にたいと思うんです。しかしそういう時期がいつ来るかは分からないが、そういう時期に合わして身体を鍛錬して、【近代ゴリラ】として立派なゴリラになりたい」

この発言は、この教室の外に貼られた三島由紀夫を近代ゴリラと揶揄した張り紙をユーモアで返しつつ

その後の彼の決断までも予感させる台詞でかなり意味深い衝撃的なものだった。

そして、全共闘学生へのメッセージとして放った言葉。

「他のものは一切信じないとしても、これだけは信じるということは分かっていただきたい。私は諸君の熱情は信じます。これだけは信じます」

彼が全人生を懸けて

文字通り命を懸けて

それがいい悪いは別として

とにかく彼は自分の哲学と美学と信念に殉じたことは間違いない。

今、私の心に焼き付いて離れないのはあの会場から溢れるむせかえるような熱気と

自分の信念をきちんと相手に伝わるように、誠意をもって真剣に言葉として放つ人間としての尊さと美しさ。

そしてそれが交わされることの得も言われぬ相互リスペクトの幸福感。

その底流には人間への飽くなき興味がある。

相手への敬意と関心もある。

この言葉に対してどこまで自分は正々堂々と向き合っているだろうか。

言葉を伝える相手に対してどこまで敬意を払っているだろうか。

返された言葉に対してどこまで心の芯で受け止めて、返しているだろうか。

私がこの映画で受け取ったものはあまりに大きい。

そして、書き言葉、話し言葉、対話、議論。

その底流にある。自分の想い、考え、信念。

切り離せない自分と社会との関係の中で

自分は何を信じ

何を重んじて

いかに生きていき

そして死んでいくのか。

言葉にならないものは、きっと曖昧模糊として信念になり得ていないこと。

言葉にならないものは、きっと自分が本当に求めていることがわからないこと。

だから今の気持ちを、今の考えを、今一番大切にしていきたいことを

ちゃんと言葉にしていこうと決意を新たにした。

自分の発する言葉に責任を持てるのは

この世の中でたった1人だけ

自分だけだ。

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