『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第30話

 カナ、カナタ、コナタの3人は瘴気を使い、それぞれ武器を創造する。カナタは剣を、コナタとカナは杖を作り出すと、感情のない表情を浮かべ、3人は一斉にユウに容赦なく襲い掛かる。

 コナタが補助魔法を唱え、カナとカナタの動きは数倍俊敏になっている。彼らはユウをあらゆる角度から攻めて追い詰めていく。

 流石に3人を相手にするのは、骨が折れる。

 なんとか、動きを止められたらいいんだが。

 ユウは、3人同時の攻撃を紙一重のところで回避し、戦略をたてようとするが、そこに魔王の憎らしい声がした。

「ああ、言い忘れていたが、瘴気で作った人形とはいえ、この者どもには本人の魂が入っている。破壊すれば、本人の魂も一緒に破壊することになるぞ。さあ、どうする。ユウ」

 魔王は、建物の屋上から薄ら笑いを浮かべてユウの追い詰められていく様子を楽しげに眺めている。

 破壊することは、できないか。困ったな。

 ユウは、魔王の言葉に惑わされず気持ちをすっと落ち着かせ冷静に状況を整理する。

 このまま、マゴを消費続けるのは得策ではない。リスクは伴うが、部分的にマゴを纏わせて対応するか。

 一旦、ユウはマゴの消費を最小限に抑えるために全身に纏っていたマゴを解除する。

 コナタの魔法で、俊敏さと攻撃力を増したカナタの剣撃をユウはカキンと受け止めると同時に、マゴを纏わせて受け流す。そこに畳み掛けるように、カナの呪文が横から聞こえる。その直後、周囲の瓦礫が浮かび上がり、ユウの方に勢いよく飛んでいく。

 ユウは地面に手をやり、跳躍の呪文を唱えると、高く飛び上がり、瓦礫の猛攻をなんとか回避する。

 流石にこうも立て続けにカナたちに攻撃されたら、マゴより先に俺の体力が尽きてしまいそうだ。

「うん、何だ。上か」

 ユウが上空を見上げると、巨大な水の玉が浮かんでいる。それだけでなく、ビリビリと電気を帯びており生身で触れてしまえば、瞬時に感電してしまうだろう。

 やられた。跳躍することを見越して、あらかじめ水の玉を作っていたのか。

 ユウは、瓦礫の攻撃は、ユウを跳躍させ小回りが効かなくなる空中に誘導するためのものだったと気づいた。

 カナは水の玉を操り、ユウの方に落下させる。ユウの真下には、カナ、カナタ、コナタの三人がいる。このまま落下し続ければ、彼ら3人も電気を帯びた水の玉が直撃してしまい無事ではすまない。

 魔王は、その様子を悠然と眺めている。そんな魔王をユウは憎しみと苛立ちのこもった目でギロリと睨む。

「何度も、何度も卑怯な手を使う。と言った目だな。くだらない。勝てばいいのだ。大事なのは過程ではなく、結果だ。結果がすべてなのだ」

 魔王は、そう言い放つと、巨大な水の玉にさらに自らの禍々しい瘴気を注ぎ込む。魔王の瘴気を注ぎ込まれた水の玉は、禍々しいオーラを放ち、凄まじい勢いで落下する。

「マゴを使えば、自分は守れるが、カナ、カナタ、コナタの三人を守れるか分からない」

「あなた、大丈夫。私達なら」

「この声は、カナ、カナなのか!頭の中で声が聞こえてくる」

「あなたの頭に直接、話しかけているの。やっぱり、あなたはセナさんね」

「セナ。前世では俺はそんな名前だったかもな。まだ、すべてを思い出すことはないけれど、家族だったんだよな。俺たち……」

「ええ、私たちは結婚して、カナタとコナタの二人の子供を授かった。あなたが、私たちのために会社で汗水流しながら働いてくれていたのを知ってる。ずっと、言えなかったけれど、私たちのために働いてくれてありがとう。やっと言えた。この言葉を言う前に、交通事故でなくなってしまったから言えずにいたけれど」

 ユウは、カナの声しか聞こえなかったが、彼女の優しい笑顔が頭にぱっと浮かんだ。

「カナ……感謝の言葉を言わなきゃいけないのは俺の方だ。俺は、カナにいるから、息子たちがいるから生きがいを感じられた。辛い時があっても、家族の゙支えがあったから頑張れたんだ。ありがとう、みんな」
 
「嬉しい。でも、今は、ゆっくりお話をしている時間はないわ。私たちのことは、気にしないで。魔王を倒すことを優先して」

「だけど……それじゃあ、カナ、カナタ、コナタの三人の魂が破壊されてしまうかもしれない!」

 ゴゴゴと音を立て落下する巨大な水の塊の影の上に立つ3人の大切な家族の姿を見る。

「俺たちのことより魔王を倒して!お父さん!」

「カナタ……」

「僕たちはみんな魔王を倒してくれることを望んでる。魔王を生かして置けば、世界から平和が失われてしまう。悲しみに溢れた世界しか残らない」

「コナタ……」

 俺はどうしたい。俺はどうすべきなんだ。

 ユウは、前世でセナとしてカナと初めて出会った時のことを思い出していた。

 ※※※

 セナが彼女に出会った場所は、会社からの帰り道だった。無気力だったセナは、人気の少ない路地裏に、誘われるように進んだ。

 虚ろな目を下に向けポケットにしまっていた紐を出した。紐をくくりつけて輪っかを作ると、少し高さのある台を用意する。

 俺は、生きる意味を見いだせなくなった。

 職場では、毎日のように罵倒を浴びせかけられた。何か仕事で失敗をした訳では無い。ただ、ストレスを発散するために、近くにいるセナが、なんとなく標的にされ上司から理不尽な罵倒を何度も浴びせかけられた。

 後ろを振り向けば、そんなセナを助けるのではなく周囲から嘲笑うような声が聞こえた。その耳障りな笑い声がやたらと頭にこびりついて離れない。両手で頭を掴み、顔をしわくちゃにさせる。

 何だ。これは……。俺は、人が嫌いになりそうだ。そして、何よりこんな仕打ちを受けても何もできないでいる自分が嫌いで仕方がない。

 せめて、生まれ変わったなら、強い自分になりたい。誰にも負けない強い自分に。
 
 セナは、目の前の輪っかを両手で握り、それを首に近づけようとした時だった。セナの暗い気持ちをかき消すような力強い女性の声が彼の耳を劈いた。そんな声に、思わずセナは、身体が硬直し動きをピタッと止める。

 ゆっくりと声がした方に顔を向けるとそこには、まるで絵本に出てくるような魔法使いの格好をした女性が立っていた。

「誰だ……一体」

 セナは、自らの命を断とうとした瞬間を見られてしまったと焦りの感情が湧き上がる。

「私はカナ。良かったら、話して。あなたが何で悩んでいるのか。あなたを助けたいの」

 そういう彼女の目は、純粋な輝きを放っていた。純粋な輝きを放つ彼女の目を見て、セナは、本当に目の前の女性は、自分を助けようとしてくれているのだと思った。

 何故、魔法使いのような格好をしているかななど、彼女に聞きたいことはたくさんあったが、セナは気づけば、自分の悩みを堰を切るかのようぶわっと語り聞かせた。カナ相手だと、不思議と自分の悩みを素直に打ち明けることができた。

 なんだろう。彼女と話していると楽しい。こんなの初めてだ。胸の中がほんのり温かくて、生きてるって感じがする。

 彼女と何度も話をするうちに、セナは初めて誰かに恋をするということがどういったことなのかを知った。セナとカナはこの出会いをきっかけに、毎日のように他愛のない話をするようになり、時が経つに連れて、お互いの関係はより親密なものになっていった。

 彼女と話すうちに、セナは、カナが異世界から来たことを知る。解呪の魔法使いの最後の生き残りであり魔物たちの猛威から逃れるため、この世界に来ていたことを知る。

 最初はにわかには信じられなかったセナだったが、カナが見せる不思議な力を目の当たりにし次第に異世界や魔法というものの存在を信じるようになった。

 カナも、解呪の魔法使いという身の上で生きづらさを感じながら生活をしてきた。セナは、そんな同じように生きづらさを感じる彼女に思いを寄せるようになり、いつしか二人の間に二人の子供ができる。

 この世界のセナと異世界にいたカナの間に、生まれた子供ということで、兄を向こう側を意味するカナタ、弟をこちら側を意味するコナタと名付けた。

 セナには、自分よりも大切な存在がたくさんできた。拳を握り、必ず守り抜いてみせると心の中で誓ったのだった。

 だが、突如、セナに大切な家族との別れが訪れる。会社から家に帰宅する途中、公園からボールが車道の方に転がっているのが見えた。ボールを追って、公園で遊んでいた誰かの子供が車道の方まで走る。知らない子供とはいえ、見過ごせない。

 危ない。子供が、車道に出た。

 運が悪いことにトラックが速度を緩めることなく車道に入った子供に向かって直進する。

 気づいた時には、セナは子供のところに飛び込んで助けに向かっていた。咄嗟に、トラックに轢かれそうになっている子供を庇う。

 その直後、トラックのライトの光に包まれ、ドカッという激しい衝突音が響き渡った。

 子供の鳴き叫ぶ声がセナの耳に入り込んでくる。その声を聞いて、生きていたと安堵し、顔をあげようとするが、自分の身体ではないみたいに動かない。視界も、身体から漏れ出た血液が地面を赤く染めていけばいくほど、暗くなっていき狭くなっていく。

 俺の人生は、これで終わりのようだ。

 セナは、トラックに轢かれもうまもなく命が尽きてしまうことを察した。不意に、自分にやっとできた大切な家族の顔が頭の中に浮かんでくる。 

 カナ、カナタ、コナタ……。
   
 曇天の空から、トラックに倒れ込んでいるセナの背中を激しい雨が無慈悲に打ち付ける。赤く染まった血液をまるでなかったことにするように優しく洗い流していく。

 セナは、家族のことしか考えられなかった。ごめんよ。何もしてあげられなくて。こんな情けない父親でごめんな。もっと、色んな事を一緒にしたかった。もっと、時間をかけて笑いあったり、馬鹿なことを話し合ったり、共に悲しいことを辛いこともあっても乗り越えたりしながら、思い出を築きたかった。

 生まれ変わりなんてものがあるなんて分からない。死んだらどうなるかなんて知りようがない。

 でも、もし生まれ変われるとしたら……。

 大切な人を守られるほどの強い自分になりたい。大切な人を幸せにしてあげられるような自分になりたい。
 
 神様、仏様がいるのならば、どうかその願いを叶えてくれないだろうか。自分勝手なお願いだという事はわかっている。だけど、もしできるのならば、ほんのちょっぴり気が向いたならば、私の願いを叶えてもらいたい。

 そうセナが、薄れ行く意識の中、祈りを捧げるとどこからか何者かの声が響いた。

「良かろう。お主の願いを叶えてやろう。ただし、その代わりにお主には、大いなる災いが訪れるだろう。世界の秩序が大きく乱れるほどの大きな災いがな。だが、お主なら、きっと乗り越えられるはずじゃ。その時には、お主を支えてくれる大切な存在がいるからの。それじゃあな、ほほ~い」

 セナは、命尽きる瞬間にそんな神様っぽい言葉を聞き、視界が真っくらになると、意識を失った。

 そして、セナは異世界で新たなユウという名前を持って生まれ変わることになる。類まれなるマゴという力を持って。

 ※※※

 ユウは、駆け巡った前世での記憶を見てあの時の神様と思われる人物が言っていた大いなる災いが今、起きている魔王の復活のことを指していたのだと理解した。
 
 自分を支えてくれる存在というのが前世で一緒に過ごしていた大切な家族だとは、聞いた時は想像すらしなかった。

 不思議だ。近くに大切な存在がいるだけで、どんな困難にだって乗り越えられる気がする。

 俺は何をしたいのか。何をすべきなのか。

 もうそんなの決まっているじゃないか。

 俺は、魔王を倒して大切な人を守りたい。幸せにしたい。

 その為に、俺はユウとして生まれ変わってきたのだから。
 
 ユウは、剣をギュッと握りしめ、落下してくる水の玉を見て覚悟を決めた。

「カナ、カナタ、コナタ。大切な家族を見捨てられない。俺なら大丈夫だ。みんなからもらった力がある。きっと、なんとかなるさ」

「本当に……」

 カナの心配そうな声が彼の頭の中に響く。

「ああ、見ておいてくれ。俺が魔王をブチのめすところを」

 ユウは、力強い声で彼女に答えた。少しの沈黙の後、カナの声がした。

「……分かったわ。あなたを信じるわ。もし、魔王に負けたりなんかしたら、絶対に許さないんだからね!」
 
「ああ!」

 ユウはそう一言答えると、マゴを使って、浮遊する立方体を作り出し、その上に着地する。立方体の上に手を置くと、跳躍の魔法を使い落下する水の玉に向かって高く飛び上がった。そして、体内のマゴを一気に解き放ち呪文を唱える。

 全身を流れしマゴよ。その輝きとともに、大いなる闇の力を引き裂け。

 ユウは、神々しいマゴの輝きに包まれ、剣を構え水の玉まで直進すると、自らが刃となったかのようにそのまま水の玉を引き裂き一刀両断する。呆気なく2つに分かれた水の玉は、たちまち浄化されまるで存在しなかったように消滅していく。

「な、なに!?まさか、あれ程の瘴気の塊を一瞬で消滅させてしまうとは……。ど、どこにいく!?ユウ!!」

 巨大な水の玉が呆気なく消滅させられて、戸惑いの声を出す魔王。先ほどの攻撃で終わらせられると期待していただけに、魔王は悔しさで拳をぐっと握りしめ、眉間に皺を寄せる。

 ユウは、跳躍する勢いを止めない。行き先は、魔王の方向ではなかった。村人の魂が吸い込まれていく黒い渦へと向かっている。

 ま、まさか自ら我が腹の中に入ろうと言うのか!?愚かな。入ってしまえば、そこの闇から抜け出すことはできないというのに。

 魔王は、自ら黒い渦に向かっていくユウを見て、彼の意図が分からず、心が揺れる。

 この渦に入れば、あの技を存分に使える。俺の最大にして、最後の技。あの渦の先は、おそらくこことは隔絶された空間。そこならば、魔王の腹の中から、技を被害なく使えるはずだ。

 ユウは剣を強く握り覚悟を決めると、黒い渦に突っ込んだ。暗闇の渦に飲み込まれていき、無限大に広がる宇宙空間のような場所にたどり着く。

 ここが魔王の腹の中か……。

「私のお腹の中に入ってくるとは、思いもしなかった。だが、ユウ、お前は判断を誤った。この空間に入ったら最後抜け出すことはできない」

 どこからか、魔王の語りかける声が聞こえたかと思うと、暗闇の中に、目玉が現れて悪意のこもった目でユウの方を睨みつけている。

「いいんだよ。この空間でないとできないこともあるからな」

 ユウは、隔絶された空間に閉じ込められたにもかわらず余裕の表情を浮かべている。

「その人体に纏わせているマゴが消失した時、お前は、魂だけになり私の力の一部となるのだ」

「その前に、魔王、お前を倒せばいいだけだろ」

 魔王の目玉は、イラつきをあらわにし、目を充血させる。

「ふん、負け犬の遠吠えよ!」

 これは賭けだ。この技で倒しきらなければ俺の負けを意味する。

 ユウは、内心震えていた。家族の命だけでなく、人類の未来もこの一撃にかかっている。生きた心地がしない。心臓がバクバクと狂ったように鼓動し、魔王にいつ命を奪われるか分からない不安に押しつぶされそうになる。

 それでも、やらなければならない。俺は、大切。ものを守るために今、ここにいるのだから。

「大丈夫よ、セナさん」

「お父さんならできるよ」

「お父さん、魔王を倒すことだけを考えて」

 ユウは、最後の技を出すか躊躇していると、カナ、カナタ、コナタの声が頭に響く。

「みんな、そうだな。ここまで来たんだ。全身全霊をかけて、魔王を撃つ」

 ユウが目を閉じると、前世の記憶を思い出す。家族に囲まれていた時間。元々は一人が好きで、カナと結婚する前は誰かと生活するなんてと思っていた。実際、一人の自由はなくなって、色々な考えることが多くなった。でも、それでも、思い出される記憶は、家族と一緒に笑って、楽しんでいる記憶ばかりだ。苦しくて悲しい時も、そこには、家族がいて、支えてくれた。

 正直、世界の秩序とか、人類の存続だとかはどうでもいい。ただ、魔王なんかに、かけがえのない家族の命を奪われるのだけは許さない。絶対に魔王を倒して家族の命を救ってみせる。

 ユウはゆっくりと腰にある剣に手をゆっくりとやる。覚悟を決めたユウのマゴは、意外にも安定し落ち着いていた。すべてのマゴを剣に込めると、魔王の方を見つめ、深呼吸をして息を整える。

「何をしようと無駄なことだ!!しねぇえええええ!!!」

 魔王は、憎しみと苛立ちのこもった叫び声を上げると、目玉を赤く充血させ、溢れ出た禍々しい瘴気を使いユウの命を奪おうとする。

 刃なしの剣よ。眼前のすべてを断ち切れ。そして、この世界の邪を祓い給え。

 ユウは、最後の呪文を唱えると、剣を鞘から抜き出すと同時に世界を切り裂く凄まじい斬撃を放つ。鞘から抜いた剣には、刃はない。

「敵を断ち切るのに刃はいらない。心で断ち切る」

 すると、ピキッという音ともに、暗闇の世界に横にさっと一本の線を書いたかのような裂け目ができる。

「な、何だと!?何が起きた!何が起きたっていうんだ!」

 何が起きたのか分からず魔王は素っ頓狂な声を出す。ユウの放った斬撃は、刃なしの斬撃と呼ばれるものだった。魔力だけでなく、思いの強さに応じて技の威力が変わる。家族を救いたいという思いが、この技の威力を最大限にまで発揮させた。

 魔王は、ユウの刃なしの斬撃を食らい、斬撃の裂け目から真っ白な光を放ち悶絶する。
 
「うぁああああああああ!!!どうしてだ!どうして、こんな男にやられた!!!ありえん、あり得ない!何で、たった一人の男に私が負けるのだ!!!」

 悶絶する魔王を見つめユウは答える。

「一人じゃないさ、みんながいたから、お前を倒せたんだ」

 裂け目から溢れ出る白い光に包まれながら、魔王は確かに見た。ユウの後ろに立つカナ、カナタ、コナタの3人の姿を。

「おのれぇええ!!!どこまでも私の邪魔をしおって……う、うぁあああああああ!!!」

 暗く沈んだ空間を眩い白い光が照らし、魔王は自身の瘴気とともに浄化されていく。そして、世界は白一色に染まった。

 魔王のお腹の中と繋がっていた空間がユウの一撃によって破壊されたことで、魔王本人のお腹も引き裂かれる。そこから堰を切ったかのようにとてつもない勢いで囚われていた人々の魂が解き放たれる。ユウも、魔王のお腹から勢いよく地面に放り出された。

「痛た……なんとか魔王を倒せた。もうマゴもすっかり尽きてしまった」

 ユウは地面から傷ついた身体を起こし、立ち上がる。すると、後ろから声がした。

「セナさん、セナさん何でしょう?」

 ユウは、その優しい声を聞いて誰の声がすぐに分かった。感情が込み上げてきて、思わず涙腺が緩む。でも、ユウは躊躇いの気持ちがあった。セナは前世の時の自分。今の自分はセナではなく、ユウなのだ。生まれ変わった後の姿であり、セナとは見た目が違う。そんな自分を受け入れてくれるのだろうか。

 彼の中で、振り向きどう返事を返せばいいのか途端に分からなくなった。
 
 そんなユウに、カナタ、コナタの元気のいい声がする。

「「お父さん、頑張って」」

 子どもたちの元気な声を聞いて、ユウは目が覚める。

 俺は何をしているんだ。今更、ためらうことなんてなにもないじゃないか。自信を持っていこう。何だか、初めてカナに告白した時みたいだ。緊張して、なかなか最初の一言が言えなかったあの時みたいに。

 ユウは、後ろを振り向き、ニコッと笑みを浮かべると、言った。

「ああ、そうだ、カナ。君にずっと会いたかった」

 ユウの視線の先には、意識を取り戻した妻のカナが髪を靡かせながら立っていた。

「私もずっと会いたかった。ただいま、セナさん」

 そう言うカナは、ちょっぴり嬉し涙を流していた。そんなカナの言葉にユウは、ただ一言答えた。

「おかえり」

 魔物や魔王との戦いですっかり荒れ果ててしまったイチノ村に穏やかな風がビュッと吹き抜ける。意識を取り戻した村の人々は、村を救った救世主たちに拍手を送り、感謝の言葉を述べた。

 ユウには、今までひどいことをしてしまったと深く謝罪した。ユウは、魔族と人間との間に生まれた存在。魔族と関わりがあると、村人たちの一部の人たちからは嫌われていた。魔王を倒すことができて、ようやく、村人との信頼関係を築くことができた。

 ユウは、村人の態度が変わり様に、都合の良さを感じなくもなかったが、家族と再会した喜びに比べたら些末なことだった。

 ※※※

 魔王を倒して数週間後ーー。

 異世界から旅立つ時が来た。

 再会の花園から、カナはイチノ村の風景を眺めていると穏やかな風がさっと駆け抜けた。花園に咲き乱れる花の匂いが、ほのかに香る。花びらが、優雅にぶわっと舞い視界を鮮やかに染める。

「カナタ、コナタ準備ができたわよ」

「「うん、今行くよ」」

 母親カナの声に、カナタとコナタは一言そう言って答えた。

 この異世界もこれでおさらばか。

 思い返せば、色んなことがあった。異世界に来てからの思い出が、頭の中をさっと駆け巡る。

 カナタは、向こう側に見えるイチノ村を見る。

「お父さんはまだ来てないの?」

 コナタは、ユウの不在に思わずカナに問いかける。

「まだ来てないみたいね。ここで待ち合わせしてたんだけどね」

 すると、巨大な何かが羽ばたいてカナたちのもとへ飛んできた。カナたちはびっくりして上空を眺めるとドラゴンが優雅に羽ばたき降りてきた。

 そして、ドラゴンの上からユウの声が聞こえてきた。

「すまない。遅くなった。途中、嵐に巻き込まれてしまって移動に時間がかかってしまった」

「すごい、このドラゴン。お父さんのドラゴンなの?」

 カナタは、ユウにドラゴンについて尋ねる。

「ああ、家で小さい時から育てたドラゴンなんだ。元の世界に戻る前に、このドラゴンに乗って、この異世界を見てまわるのもいいかなと思ってな」

 ユウは、ドラゴンの頭を撫でながらそう言うと、コナタのわくわくした声が聞こえる。

「いいね!ドラゴンに乗ってみたいって思ってたんだ」

 カナタも、ドラゴンに乗ることに乗り気なようだ。

「うん、俺も乗ってみたい!」

「この子たちもドラゴンに乗る気満々みたいね」

 カナたちは、ユウのドラゴンに乗せて最後に異世界の風景を見て回ることになった。

 カナたちが、ユウと一緒にドラゴンの背中に乗るとドラゴンはドシドシと地響きを立てながら力強く走り出す。背中の両翼を羽ばたかせ、彼らを乗せて青く澄んだ大空を滑空する。

 遥か上空から見る異世界の風景は、壮観だった。緑豊かな山々が連なり、遠くの方には、青い大海がどこまでも広がっている。そこには、様々な見たこともない生き物が住んでおり、命の息吹と大自然の雄大さを感じさせた。この幻想的な光景は、彼らの心の奥深くに、刻み込まれた。

「「すごい!こんな景色見たことないよ!」」

 カナタとコナタは、今までに見たことのない圧巻の風景に目をキラキラと輝かせる。

 二人の中で、ある感情が湧いて出た。

 先にその感情を口に出したのは、カナタだった。

「ずっと、この世界にいるのは駄目かな」

 予想もしていなかったカナタの言葉に、カナは驚きの言葉をもらす。

「えっ!?」

 カナタは構わず話を続ける。

「もっとこの世界のことを知りたいんだ。もっとこの世界の風景だったり生き物だったり色んな事に触れてみたい」

 カナタは、真剣な表情を浮かべ自分の思いの丈を語った。それを聞いて、コナタも話し出す。

「僕も今いるこの世界で暮らしたい。僕はもっとこの世界で魔法を学びたい。きっと、この世界では発見されていない魔法があると思う。新しい魔法が見つけて、多くの人の役に立ちたい」

「カナタ……コナタ……」

「いいんじゃないか。別に、ここにいても。どうだ、カナは。やっぱり、元の世界に帰りたいか?」

「分かったわ。ここでの暮らしも楽しそうね。ただし、ちゃんと学校には行ってもらうからね」

「えっ!?まじで」

「そんな、やっぱりそうなるのか」

 カナタとコナタは少し残念そうな声を上げる。

「そうだぞ。ちゃんと学校には行かないと駄目だからな」

 ユウが両腕を組みそんなことを言うとすかさずカナが言った。

「あら、あなたも勇者の職に戻るのよ」

「え……」

「家族を養って行くためには、お金を稼がないといけないんだからね。それに……魔王がいなくなっても、魔物はまだまだこの世界にいる。あなたなら、魔物から多くの人々を救えるはずよ」

「それはそうかもしれないが……」

「なんか、言いたいことがあるの?」

「いえ!!!一切、異論はございません!!!」

 上空のどこまでも広がる青空にユウの情けない叫び声が響き渡る。その直後、にぎやかな笑い声が湧き上がった。そんな家族の様子を祝福するかのように青い空には、色鮮やかな虹がかかっていた。

(完)

 

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