見出し画像

$俳句が伝える戦時下のウクライナ: ウクライナの市民、7 人へのインタビュー 単行本 馬場朝子 (編集, 翻訳)

$俳句が伝える戦時下のウクライナ: ウクライナの市民、7 人へのインタビュ単行本 
馬場朝子 (編集, 翻訳)


$解説
ウクライナに暮らす人たちは、この戦争に何を思い、どのように暮らしているのか。ウクライナで俳句を詠む7人の俳句を紹介しつつインタビューを行い、本書にまとめた。
戦争開始直後にミサイル攻撃を受けたキーウ、ポーランドに近く避難民が押し寄せたリヴィウ、ロシアとは目と鼻の先で激戦地となってしまったハルキウなどから、戦争に苦しむ人たちの様子が伝えられる。
絶え間なく鳴り響くサイレン、警報を聞いたら家の中で2枚の壁の間にいるようにする「2枚の壁ルール」、ミサイルが発射されてから到達するまでの40秒を息を潜めながら数える緊張した日々、戦争で身体の一部を失った若者……。また、誰にも収穫されることなく砲撃で燃える麦畑、毎年そこで繁殖する渡り鳥の不在、避難しなければならなくなり置き去りにされたペット……。
俳人ならではの目配りによって、報道では決して伝わらない、私たちの想像を超える戦争のリアルが切実に報告される。

$読者レビューより引用・編集
『俳句が伝える戦時下のロシア』(馬場朝子編訳、現代書館、2023)を読む。
2冊を比較すると、参加した俳人の男女比に戦争の現実が反映されている。ロシアの俳人は4名の男性と4名の女性。ウクライナの俳人は6名が女性で男性はたった一人。
その唯一のウクライナの男性、レフコさんの作品が良い。次の句が好き。

 夏 の 幕 間 菩 提 樹 の 花 静 か に 散 り ぬ

 戦争が始まり、不安と恐怖の間で狂ったように揺れ続けていた心の振り子が、ふと止まる。物の色や香りを再び鮮やかに感じていることに気づく。
戦争を受け入れたわけではないが、日々の暮らしの中で知らぬ間にそれに向き合う覚悟が育っていた。不安は消えていないが、耐え抜くための心のバランスを少し取り戻した。次なる変化に備える前の小休止。レフコさんはそれを、自然界の開花と実りの合間の短い時期に重ねて「夏の幕間」と詠んでいる。
西洋菩提樹の白い星の群れのような花の香りに幸福を感じる人は多い。ドイツ語ではリンデンブリューテ。花言葉は「夫婦の愛」。リンデンのお茶を淹れると、胸いっぱいに幸せな夏の思い出が溢れる。
「花咲く菩提樹を見るときにはその香りを吸い込みます。そうすると、穏やかな気持ちになれます。いつもそうだったように、すべてがうまくいっているような気がします」というレフコさん。この幸福感がウクライナ全土に満ちて恒久的なものになることを心から願う。
一般に、ウクライナの俳人は俳句を小むずかしく哲学するとかエキゾチックな趣味教養として「たしなむ」とかではなく、もっと自然に、飾らず構えず、巡る四季のリズムや喜怒哀楽の変化に合わせて呼吸するように句作している人が多い。日本の俳人の創作態度に近い印象を受けた。
対象の捉え方においても共通の感性を見た気がする。再度レフコさんの例を挙げる。
「焼け焦げたアカシアが八月に花を咲かせた」とコメントを付けてフェイスブックにその写真を投稿した軍人が翌日に亡くなった。この最後のコメントを、レフコさんは「ほとんど俳句だ」という。 
「彼はこの瞬間に気づいて、記録したのです。そしてその翌日、彼は亡くなりました。この人は見たのです。四月に花を咲かせることのできなかったアカシアは、八月に花を咲かせました。自然はどんな状況でも望むことを叶えているというのは、彼にとってもきっと、何か良いシグナルだったのかもしれません。でもこの人は亡くなりました。」(p123)
戦争は自然の営みを阻むことはできない。いかに絶望的な状況でも、どれほど多くの時間がかかっても、不屈の自然は自らの「生への意志」を放棄せず、生き残ることをあきらめない。レフコさんは、この洞察を季節遅れの花とミサイルが飛び交う戦場のイマジェリーに統合して「俳句だ」と感じた。そして思いを深める。
「この瞬間」を記録した人はもういないことに。飛び去る時間の一コマを永遠のストップモーションとして言葉の中にとどめる人間の、命はあまりに儚いという無常の理(ことわり)。
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は現在も続いている。
そんな中、戦禍のウクライナ国民に対して最も配慮に欠ける扱いは、ロシアとウクライナを「喧嘩両成敗」的に並列評価すること。
「ロシアにばかり非があるわけではない」という言説は、客観的に考えて当を得ない。どこからどう見ても「非」はロシアに、ロシアのみにある。理由はいたってシンプルだ。国際法を無視して一方的な侵略行動に出たのはロシアであって、ウクライナではないから。
このことを思うとき、本書と姉妹書(『俳句が伝える戦時下のロシア』)の原点となったNHKの番組には、大きな疑問符がつくと言わざるを得ない。もちろん善意の企画ではあろうけれど、マスメディアならではの無自覚な強引さと無神経さが際立つ事例。
 あのタイミングで、一般のロシア人とウクライナ人を(オンラインとはいえ)謂わば「同じ土俵」に上がらせて進行中の侵略戦争への思いを語らせるとは。個人的には、オリンピックに戦争の加害国と被害国の選手を区別なく招待するのと同じような違和感を覚える。
しかし、ウクライナ人なら「今は俳句どころではありません」とキッパリ断っても不思議はないのに、実際には7人もの人が句を提供し、その上、ロシア語でインタビューに応じてくれたことは特筆すべき。ウクライナにおける「ロシア語話者に対する弾圧」というプロパガンダが嘘であることの証左でもある。
普通のウクライナ人はみんなバイリンガルだし、今般の戦争前から何の制約もなく日常的にロシア語でも会話をして俳句を作っていた。政府によるロシア語話者迫害もジェノサイドもなかった。
終わりに一言。編訳者とNHKと現代書館へ。
 ロシアの俳人たちに対しては個人情報保護の手段が取られていたので、同様の配慮をウクライナの俳人たちに対しても示してほしかった。
 インタビューはオンラインで行われたとのこと、その内容はウクライナ国内で民意の動向に関する情報収集をしているロシア人や親ロシアのウクライナ人にも把握されていると考えられる。ウクライナの俳人の氏名・職業・居住地などは本書に公表されていて個人の特定が容易であるため、今後の戦況によっては7人の俳人たちが何らかの口実をもうけて密告されたり不利益を被ったりするリスクも否定できない。
 ウクライナの人々は電子的な情報通信空間においても「戦時中」であること、認知戦、情報戦を含むサイバー領域においては私たち支援者もまた同じ戦場にあることを、忘れないでいただきたい。

商品の説明

著者について

1951 年熊本生まれ。1970 年よりモスクワ国立大学文学部に6 年間留学。
帰国後、NHK に入局、ディレクターとして番組制作に従事。「スターリン 家族の悲劇」「トルストイの家出」「ロシア 兵士たちの日露戦争」「未完の大作アニメに挑む―映像詩人ノルシュテインの世界」「揺れる大国 プーチンのロシア―膨張するロシア正教」など、ソ連・ロシアのドキュメンタリー番組を40 本以上制作。
著書に『タルコフスキー:若き日、亡命、そして死』(青土社)、『低線量汚染地域からの報告:チェルノブイリ26 年後の健康被害』(共著NHK 出版)、『ロシアのなかのソ連:さびしい大国、人と暮らしと戦争と』(現代書館、2022 年)、『俳句が伝える戦時下のロシア:ロシアの市民、8 人へのインタビュー』(現代書館、2023年)など。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 現代書館 (2023/7/12)

  • 発売日 ‏ : ‎ 2023/7/12

  • 言語 ‏ : ‎ 日本語

  • 単行本 ‏ : ‎ 224ページ

  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4768459439

  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4768459430

  • 寸法 ‏ : ‎ 13 x 1.7 x 19 cm





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?