まっくa go go

自己紹介 好きな歌歌いは「アナム&マキ」「本夛マキ」「野狐禅」「ハマノヒロチカ…

まっくa go go

自己紹介 好きな歌歌いは「アナム&マキ」「本夛マキ」「野狐禅」「ハマノヒロチカ」「川村ケイタ」「amazarashi」 好きな美術家は「D・ホックニー」 好きな映画は「onceダブリンの街角で」「たそがれ清兵衛」 好きな言葉は「文武不岐」「精一杯」「DATEに生きる」

最近の記事

令和『いろはにほへと』-を-

令和『いろはにほへと』-を- を  「もや『を』ひく」…。  僕が中学高校生くらいの時、いわゆる不良たちが「タバコを吸う」の意味で使用していたの思い出した。  地域によっては「ヤニ『を』ひく」などと言っていたようです。  僕はタバコを吸わないので(当時も今も)、このような言葉使わなかったなぁ。  ちなみに「う○こ『を』する」の意味で、「雉(キジ)『を』撃つ」という友人がいたなぁ。  もっと言うと↑、女性の場合は「花『を』摘む」だそうです。

    • 令和『いろはにほへと』-る-

      令和『いろはにほへと』-る- る  「留守番電話」。かれこれ30年近く前、どデカいアタッシュケースの様な『携帯電話』が登場し始めた頃の話。  その頃の留守番電話は、小ちゃな「カセットテープ」の録音機能付き家庭用電話みたいなイメージだった。  そもそも、今のように誰でもポッケに一個スマホを持っているような時代じゃなかった。はじめ僕は、固定電話の『権利』すら持っていなかった(電話の「権利」知ってる人ってどれくらいいるかな?)。電電公社(今のNTT)7〜8万円ほど支払って権利取得を

      • 令和『いろはにほへと」-ぬ-

        令和『いろはにほへと』-ぬ- ぬ  「ヌード」(一糸纏わぬ女性の裸の姿)を初めて目の当たりにしたのは、18歳の夏。  美大受験のため研究所に、夏期実技講習を受講しに行った時の「裸婦デッサン」だった。  アトリエには僕と同年代の男子女子が多数、イーゼルを立て、モデル台に向かってより良い場所を取り合うように群がっていた。  僕はというとやや後方で、「裸婦デッサン」というよりは『「女性の裸」を見ながら、どこをどう描くの?』という、やや邪(よこしま)というか恥ずかしいような、見てはい

        • 令和『いろはにほへと』-り-②

          令和『いろはにほへと』-り-② り  「リーサルウエポン」、リルタイムで知っている人はそろそろ結構な年齢に違いない。  80年代(確か86年かな85年?)アクション映画の大ヒット作だ。  80年代はアクション映画、アクションスターの大豊作の時代だ。  S,スタローン、A,シュワルツェネッガー、B,ウィリス、J,C,ヴァンダム、D,ラングレン、S,セガール、C,ノリス、そしてメル・ギブソン…。  そもそもオーストラリア出身でで「マッド・マックス」が大ヒット。当時3作作られハリウ

        令和『いろはにほへと』-を-

          ちょっと、お疲れムード。 なので、作文進まずorz。

          ちょっと、お疲れムード。 なので、作文進まずorz。

          令和『いろはにほへと』-り-

          り  「理由」もなく、ただ何かに苛ついたり、腹が立ったりしていた中学高校時代。  だからと言って不良だったとか、反社会的な少年だったわけではないと思っている。  あれはいったい、何に腹を立てていたんだろう。  よく、コンクリートの電柱を思い切り殴っていた。おそらく何度も拳が砕けていた。  その痛みよりも、怒りの方が大きかったのか。  その痛みで、生きていることを実感していたのか。  思春期特有の情緒だと思っていたら、気がついたら大学生におなってもやっていた。よく当時、古い友

          令和『いろはにほへと』-り-

          令和『いろはにほへと』-ち

          令和『いろはにほへと』-ち- ち  「血」が流れてしまった。大切な命が消えてしまった。令和4年7月8日金曜午前11時半頃、奈良。  本当は別の言葉でいろはにほへと-「ち」を書いていた。  しかし、あの日以来この言葉と事実が、僕の中からなかなか出て行こうとしない。  人の気持ちや思想信条などは様々で、それをとやかく言うつもりは無い。ただ、気持ちや考えが違えども、日本に生まれ日本に育つ者ならば、日本が好きであってほしいし、昔も今もこれからも、もっともっと日本に生まれてよかったと思

          令和『いろはにほへと』-ち

          思うところあって、令和いろはにほへと-「ち」… 書き直してます。 近々、投稿します。←自分に言ってる

          思うところあって、令和いろはにほへと-「ち」… 書き直してます。 近々、投稿します。←自分に言ってる

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑦

          11  「おお、あんた新入りかい」  職員室の俺の席は、出入り口に一番近い机群の窓側の端だ。出勤初日、定時に到着しぼんやりと席に着いていると、横から声をかけられ、ドスンと俺の隣に座った体つきのがっしりした年配の先生が声をかけてきた。  「あー、はい、おはようございます。よろしくお願いします」  「あんた教科はなんだい」  「美術です」  「あーー、馬場先生の後任か」  馬場と言うのかゴミ山先生

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑦

          少しずつ、僕の小説やつまらない文章を読んでくれる人が増えてきている。 感謝感激雨霰です。

          少しずつ、僕の小説やつまらない文章を読んでくれる人が増えてきている。 感謝感激雨霰です。

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑥

                       9  4月の頭、未だ「ゴミ山先生」の残骸を片付けながら途方に暮れていたある日の午後、床の全体がやっと顔を出したため、やっと座れるスペースができたスチール製の事務机の椅子に腰掛け、最後の掃除の段取りを考えていた時に、準備室の扉がノックされた。  ひょっこり現れたのは、英語の教師で「浜本」とか言う奴だ。中肉中背、キューピーみたいな天然パーマ。職員会議ではやたらに甲高く軽薄な声で、発言の合間合間に「こんな事は世間じゃ常識ですけどね、知ってます?」と嫌みた

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑥

          令和『いろはにほへと』-と-

          令和『いろはにほへと』-と- と  「土佐」の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見た よさこいよさこい♫  いつ覚えたのかもさっぱり分からないこの歌。  20代前半、東京で超貧乏美大生をしていた頃、何故か、たまーになんとなーく、鼻歌まじりに口ずさむ事があった。  そんな時に限って何故か、本当に何故か…  突然、女の子から電話がかかってきて、誘われたり…  突然、告白されたり…  …モテた…。  これ、実話。←たまたま「モテ期」だった?  モテる呪文なのか?  

          令和『いろはにほへと』-と-

          明日も早起きしなきゃ! 朝まるで弱い朝丘雪路だから… おやすみなさーい

          明日も早起きしなきゃ! 朝まるで弱い朝丘雪路だから… おやすみなさーい

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑤

                        7  「ここから50キロほどのM市というところにお袋の実家がある。当時、婆ちゃんはまだ元気だった。だから墓参りと婆ちゃんの所に遊びに行くつもりで行ったんだ」  「まず、爺ちゃんの墓参りからした。『わかば』ってタバコが好きだったから、それ買ってって火つけてさ、箱と火のついたタバコ置いてさ、お祈りしてきた訳だよ。夏休みだし帰ってきたよってな」  「おい、『わかば』だってよ?知ってっかお前」いかにも小者っぽいやつが、隣の席の奴に聞いていた。丹野貢という生

          【小説】「聖職者の憂鬱」⑤

          令和『いろはにほへと』-へ-

          令和『いろはにほへと』-へ- へ  「下手」にも色々ありますが、僕の周囲の環境下においては、「僕(私)は、絵が下手なので」とか言われる「下手」ってものがあります。  「絵が(絵を描くのが)下手」って、一体何でしょう。どう言う事でしょう。  逆に「絵が上手」って何なのでしょう。  小学校から中学校に進学して一番、苦手意識が生まれたり嫌いになったりして、高校に上がると、もう受けたくなくなる教科は「美術」だそうです。トップですよ、なんで?????  そもそも「下手な絵」「上手な絵」

          令和『いろはにほへと』-へ-

          令和『いろはにほへと』-ほ-

          令和『いろはにほへと』-ほ- ほ  「北海道」に生まれて育ちました。道産子(どさんこ)と言うやつです。  僕は北海道が大好きで、というか北海道の連中と言う奴は大概が北海道が好きで、大学進学などで道外に出てもかつては、就職などには地元北海道に、もっと言ったら「札幌」へ帰ってくる割合が多かったと思います。今はどうなのか…、正直分かりませんが。  確かに冬は長く厳しいんだけど、春夏秋冬の四季がはっきりしているし、季節ごとに海の幸山の幸がとても美味いし、自然が豊かで道外の多くの人たち

          令和『いろはにほへと』-ほ-