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『Sing a simple song』 アップ開始致します
『Sing a simple song』、アップ開始致します。
これは自分の中の三つの要素が影響し合って化学変化を起こして、生まれた物語です。
🌟まず、シンガー環輝美帆さんの名曲 "Let's Sing a Song”。
CDになる前から、ライブや動画で何度も聴いていて、曲が素晴らしいという以上に、人と人とが繋がって、みんなで声を響き合わせることの “ミラクル感” が、この曲に凝縮されてい
『Sing a Simple Song』 1
とりと いっしょに
そらを とべたら いいのになー
そらを とんだら
みんなに あえるのです
みんなと いっしょに
そらを とべたら いいのになー
1
静かな住宅街の路地をゆっくりと歩いてゆく。中央線を行き交う電車と道路の騒音が、小波のように伝わってくるのを、なんとなく感じでいる。どんなに静かな時間帯でも、決して人の営みの音が途絶えることのないこの環境を、拓真は決
『Sing a Simple Song』 2
1(承前)
「恭二さん」
ライブ終了後、ファンの女性たちとの会話が途切れるタイミングを見計らって、拓真は声をかける。
「おう、ちいちゃんに拓真、今日も来てくれてありがとうな」そう言って笑った彼、高瀬恭二は、二人に優しく頷いてくれる。
「ちいちゃん、今日も元気そうだな」
「は い。げ ん き です」
「今日もお天気でよかったな。ちょうど桜も満開だし。ちいちゃんお花好きだったよな。お花見
『Sing a Simple Song』 3
2
ああ、また奄美だ……と、拓真はぼんやり思っている。
最近、何かにつけて、奄美大島のことが目に飛び込んでくる。雑誌を開くと奄美の特集をしているし、テレビを付けたら奄美出身の唄者が歌ってたりする。頂きもののパッション・フルーツのジュースは奄美産だったし、春休みに家族で見た映画の舞台が奄美であり、帰りの駅のホームにはでかでかと奄美の広告が掲げられていた。
教壇では、担任の佐伯先生が
『Sing a Simple Song』 4
3
終礼が終わって、慌ただしくランドセルに教科書を詰めていると、窓際の席からメガネをかけた少年が駆け寄ってくる。
「タクマ〜、今日うちで新しいゲームやるんだけどさ、タクマも来ねえ?」
「あ〜ごめんヒナタ、今日従姉妹のちいちゃん迎えに行かないといけなくて、おれ行けないわ」
「なんだよ。今日水曜日じゃないよな?」
「うん。おばさんが忙しいみたいで、たのまれちゃって」
「なんで〜。じゃあし
『Sing a Simple Song』 5
3(承前)
裏通りに面した正門から、養護学校に入って行く。勝手はよく分かっているので、昇降口でスリッパに履き替えてから、教室のある三階に向かう。
階段の上り口にある掲示板に、生徒たちの絵が貼られていたのでしばらく眺める。ちいちゃんが描いたワンダーウーマン のひときわ鮮やかな赤が目に飛び込んでくる。勇ましく拳を突き上げたスーパーヒロインの姿が、もの静かなちいちゃんにそぐわなくてちょっ
『Sing a Simple Song』 6
4
その日は朝から、嫌な胸騒ぎを感じていた。
胸に鉛がつまったように息苦しく、体調もすぐれず、身体全体が重だるくて、起き出して顔を洗いにいくだけのことがひどく億劫だった。
てっきり熱があると思ったのに、残念ながら平熱であり、気がのらないままグズグズと朝の準備をして、そんな様子を母さんにこっぴどく叱られて、余計に気分が沈んでしまった。
泣いてしまいそうなくらい気持ちが不安定なことを
『Sing a Simple Song』 7
5
額の傷は熱を持って痛み、頭部全体がジンジンとうずく。怒りと情けなさで、時折こぼれ落ちる涙を、右腕でごしごしと拭う。
重い足を引きずりながら、もう無理だ、ずる休みしよう……そう何十回も思った。でも、今日は恭二さんのライブの日であり、楽しみにしているちいちゃんのことを考えると、休むわけにはいかない。
母さんに頼んで行ってもらおうとも思った。しかし、帰宅すると母さんは留守であり、養
『Sing a Simple Song』 8
5(承前)
頭がカッと灼熱している。心臓がドキドキと早鐘を打つ。
ちいちゃんに、ひどいことを言ってしまった……。
言ってしまった言葉は、そのままの刺をもって自分の胸にも突き刺さっている。頭がぐるぐるしてあまりよく考えられないけれど、自分のバカさ加減だけは身にしみて分かっている。
死んじゃえば良いのに……。ぼくなんか、死んじゃえば良いのに……。呪詛の念を噛みしめながら、公園の中を
『Sing a Simple Song』 9
6
それからの数日間は心が凍ったようになっていた。周囲に張り巡らされたガラス越しに世界を見ているような、非現実感があった。
お花畑みたいに沢山の花々に飾られた祭壇。白木の箱に横たわるちいちゃんは、白い花々に埋もれて、天使みたいに綺麗だった。
病院の廊下で、おばさんと母さんが話していた。あの夜、腸捻転の発作が起こって救急車で病院に運ばれ、7時間におよぶ手術の末に、助けられなかった。
『Sing a Simple Song』 10
6(承前)
「あんたは何を言うてんねんな」
「あの日、ぼく、ちいちゃんにひどいことを……、絶対に言っちゃいけないことを言ったんだ。ちいちゃんの詩がみんなにほめられたことがくやしくて、飛べるわけなんかないって、鳥と結婚したいなんてバカじゃないのって、ちいちゃんに言ったんだ。あの日、ぼくね、友達にバカにされたんだ。車椅子の子とデートなんだろって、結婚するんだろって、みんなの前でバカにされて
『Sing a Simple Song』 11
7
「そや、あの鳥の詩の話やけどな……」
出してもらったサイダーとクッキーをいただきながら、おばさんの話しを聞いている。甘い飲み物に甘いお菓子ってどうなんだろうとちょっと思うけれど、おばさんが家事が苦手なことは分かっているので、黙って口にはこぶ。
ひとしきり泣いて、二人ともどこかすっきりした顔をしている。気の強い清江おばは、式の時も泣かずに蒼白な顔をしてじっと佇んでいた。
ジャムが
『Sing a Simple Song』 12
8
ああ、また奄美だ……と、拓真はぼんやり思っている。
賑わうカフェの店頭で、「ミキ」という奄美の伝統飲料が売られている。「試飲してみて」と、黒いエプロンをつけたお姉さんが手渡してくれた紙コップを反射的に受け取る。「キミ可愛いからサービスしといたから」と、お姉さんは愛嬌のある笑顔で笑っている。
白くてトロッとしたその液体を飲んでみると、甘酒とヨーグルトを混ぜたような、ほんのり甘酸
『Sing a Simple Song』 13
8(承前)
恭二さんのライブは、ちいちゃんへ向けた弔辞から始まった。おばさんからもらったらしいちいちゃんの写真を、一番良い場所に飾ってくれた。顔見知りのファンのお姉さんで、涙を流している人もいる。誰かが青いブーケを買ってきて、写真に添えてくれた。
しんみりした曲を中心に、ちいちゃんが好きだったナンバーばかりを、恭二さんは弾き語ってくれる。演奏はしだいに熱を帯びて、恭二さんのヴォーカ