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『Sing a Simple Song』 8

     5(承前)

 頭がカッと灼熱している。心臓がドキドキと早鐘を打つ。
 ちいちゃんに、ひどいことを言ってしまった……。
 言ってしまった言葉は、そのままの刺をもって自分の胸にも突き刺さっている。頭がぐるぐるしてあまりよく考えられないけれど、自分のバカさ加減だけは身にしみて分かっている。
 死んじゃえば良いのに……。ぼくなんか、死んじゃえば良いのに……。呪詛の念を噛みしめながら、公園の中を駆け抜けてゆく。

 どこをどう歩いたのか、あまり記憶がない。すっかり暗くなってから家にたどり着くと、そのまま部屋に直行してベッドの中で身体を丸める。
 息を深く吸い込むことができず、息苦しさを感じる。海の底に沈められたような悲しみと罪悪感に、押し潰されそうになる。
 悲しみに歪んだちいちゃんの瞳から涙がこぼれ落ちるイメージが、脳裏から消えない。「大嫌い!!」イメージの中のちいちゃんははっきりとそう言う。「あなたなんかに迎えに来られて、良いめいわくなの。二度と来ないで!!」
 リビングで電話が鳴るたびに、ビクッと身体を硬くする。事故があって無事に帰り着けなかった時には問い合わせがあるだろうし、ちいちゃんの話を聞いたおばさんが怒って電話してくるかもしれない。
 お迎えの途中で帰ってしまった事には心が咎めるが、きっと恭二さんがなんとかしてくれるだろうという予測はあった。ライブの日は仕事は休みだと言っていたし、もし用事があって送れなくても、最悪、ノートに記してあるちいちゃんの家か学校のアドレスに連絡してくれるだろうと思った。
 いつの間にかうつらうつらしていて、母さんに叩き起こされ、夕食をとる。食欲はほとんどなかったが、なんとかお腹につめ込む。
 幸い、夜になってもおばさんからの電話はなく、少なくとも家には帰り着けたのだろうと一安心する。
 リビングのソファでテレビをぼんやり眺めたり、ゆっくりお風呂に浸かっているうちに、しだいに凝り固まっていた心もほぐれてくる。
 ちいちゃんに謝ろう。明日、学校が終わったらすぐに養護学校に行って、ちいちゃんに謝ろう。変わらずまたお迎えに行かせて欲しいって、一緒に公園をお散歩しようって頼んでみよう。
 きっとちいちゃんは許してくれる。ほんのり桃色に染まった陶器みたいに滑らかなほっぺにあの優しげな微笑みを浮かべて、ちいちゃんは許してくれる。

 翌朝、かなり早い時間に電話が鳴った。
 いつもなら電話のベルくらいで起こされることはないのだが、この日は妙に神経が冴えてしまっていて、なぜかベルが鳴る数秒前にははっきり目が覚めていた。
 胸騒ぎがした。起き出して、ひそめた話し声のするリビングに向かう。パジャマを着たままの母さんのただならぬ様子を目にする前に、凶事が起こったことを確信する。
「拓真……」
 言わないで……お願いだから、その先は言わないで欲しい……
「ちいちゃんがね……」
 聞きたくない……ぼくは聞きたくない!!
「ちいちゃんが、亡くなったって」


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