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『Sing a Simple Song』 13

     8(承前)

 恭二さんのライブは、ちいちゃんへ向けた弔辞から始まった。おばさんからもらったらしいちいちゃんの写真を、一番良い場所に飾ってくれた。顔見知りのファンのお姉さんで、涙を流している人もいる。誰かが青いブーケを買ってきて、写真に添えてくれた。
 しんみりした曲を中心に、ちいちゃんが好きだったナンバーばかりを、恭二さんは弾き語ってくれる。演奏はしだいに熱を帯びて、恭二さんのヴォーカルも艶を増してゆく。
 いつもは目立たないように、少し離れた場所から聴いている拓真も、今日は一番前の真ん中に立って、恭二の歌を全身で受け止めている。ギターの一音一音を、恭二の発する声音を、聞き漏らすまいと真剣に向き合う。
 この無料ライブもこれが最後だと告知されていたのか、今日はいつもよりも多くの人が集まっており、さらに園内に響き渡る音に惹かれた人たちが、次々と集まってくる。
 この素晴らしい音楽を奏でているのは何者なんだろう?……そんな人々の心のさざめきが伝わってくる。
 アンプ類に繋がない生音であることが信じられないくらい、恭二の歌は力強く響いてくる。日頃、覆い隠して見ないようにしている自らの最も純粋な部分を、揺り起こしてしまうような振動を、彼の歌は有しているようだった。
 いつものように、エンディングは “Let's sing a song” を歌って締めくくろうとした恭二だったが、アンコールの拍手が起こって鳴り止まない。拍手を全身に受けながら、HEADWAY の太いネックを左手で握って、ちょっと困ったような笑顔を恭二は浮かべる。
「じゃあ……拓真、お前が何かリクエストしてくれよ」
 いきなり自分の名前を呼ばれて、感動の余韻から現実に引き戻される。
「アンコールはなんも考えてなかったんだ。いつもちいちゃんを連れて来てくれてたお礼だよ。お前の好きな曲、オールディーズでもAKBでも、なんでも良いから演らしてもらうよ」
 恭二は端正な貌に優しげな微笑みを浮かべている。ステージ上の演者独特のキラキラした視線が眩しくて、眼を合わせていられない。
「“おやすみなさい” がいい」
「へえっ。“おやすみなさい” かあ……」ちょっと意外そうに、恭二は首を傾げる。
「アルバムの中の地味な曲じゃないか。ちゃんと聴いてくれてんだな。ありがとな」そう言って、コードを確認しながらポロポロとメロディを爪弾く。
「これは、俺がもっとも辛かった時期に、自分自身や、聴いてくれる皆さんへの応援歌として作った曲です。生きていると、色々な……ほんとに色々なことがあるけど、大いなる愛でも神様でもなんでも良いんだけど、自分が信じるその何者かに全てを委ねて、ただ赤ちゃんみたいに眠りについたら、きっと生きて行く力は取り戻せるっていう、願いと祈りが込められてます。そういえば……ちいちゃんへの鎮魂歌としても、これ以上相応しい曲はないかも知れないな。拓真、素晴らしいリクエストをありがとな。皆さん、今日は集まって下さって、本当にありがとう。どうか皆さんに、幸あらんことを……」
 静かに、旋律が流れ出す。夕刻の気配が漂い始めた公園に、ギターの音色が染み渡ってゆく。

 おやすみなさい 今はただ
 その瞳 そっととじて
 夜はほら やさしく あなたを抱きしめる
 
 シンプルな歌詞に再生への祈りと慈愛が込められたこの曲を、恭二は歌い上げる。穏やかな美しい旋律は、女神の祈りそのもののように、優しく聴衆を包み込む。


  “おやすみなさい” © 玉木美帆


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