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発展途上の宇宙産業だからこそ今後に注目~中南米の宇宙関連スタートアップ企業の最新情報~

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Tenchijin Tech Blogでは、宇宙に関連するさまざまな最新情報を、天地人のエンジニア、研究者、ビジネスリーダーが一歩踏み込んで解説します。

天地人noteでは、過去7回に渡り、アメリカ欧州日本カナダインド中国アフリカの宇宙関連スタートアップを特集してきました。今回はシリーズ第8回、中南米編です。

・中南米の宇宙市場について

世界全体の宇宙開発予算に占める中南米の割合は全体の1%未満であり、他の地域と比べると、中南米の宇宙市場はまだまだ発展途上の段階にあります。

(出典:Space in Africa

過去、宇宙開発は莫大なコストを必要としたため、経済・社会・政治の問題を抱える中南米の国々では、宇宙開発は後回しにされがちでした。そんな状況にもかかわらず、ブラジル、アルゼンチン、メキシコといった国々は、1960年代には早くも宇宙開発に乗り出しており、現在に至るまで、この3か国で合計71基の衛星を軌道に打ち上げることに成功しています。

また、ボリビア・チリ・コロンビア・エクアドル・ペルー・ウルグアイ・ベネズエラも人工衛星を運用しており、中南米地域が運用する衛星は85基(2021年)に上ります。

ただ、1960年代から宇宙開発を進めていたにも関わらず、地球を周回している人工衛星約8000基(2021年)のうち、約1%(約80基)が中南米の衛星という現状は、中南米が持つ経済的なポテンシャルを考慮するとやや寂しい状況と言わざるをえません。

まずは、中南米の宇宙市場の現状を理解するために特に宇宙開発予算が大きいブラジル、アルゼンチン、メキシコの状況を見てみましょう。

・ブラジルについて

ブラジルは現在、驚くべきスピードで宇宙産業を発展させています。その発展を後押ししているのが、中国とのパートナーシップです。

中国とのパートナーシップは1988年に始まり、3億米ドル以上の資金提供をもとに、複数の人工衛星から構成されるリモートセンシング・システムの実装が進められました。この取り組みで、ブラジルは中国から人工衛星の技術を吸収しました。そして現在までに、6基のリモートセンシング衛星を開発し、打ち上げを実施しています。

また、ブラジルは乾燥地帯を有する国土を活かし、火星の環境を地球上につくりだすことで、火星有人探査に向けて宇宙飛行士が訓練するプロジェクトに協力しています。米国や中国では火星有人探査に関する研究開発が進んでいますが、ブラジルは訓練に協力することで、今後の火星でのミッションにおけるブラジルのプレゼンス向上を狙っているのでしょう。

さらに注目すべきは、ブラジルが自国のロケット開発を進めており、低軌道への衛星投入を目指していることです。既にブラジルにはアルカンタラ射場が1980年代に建設されていますが、低軌道への打ち上げ能力のあるロケット開発は道半ばという状況です。

アルカンタラ射場は赤道に近く、ロケットの打ち上げ場所として最適です。なぜなら、赤道付近では地球の自転速度が最も高いことが知られていますが、赤道で地球と同じ方向にロケットを打ち上げると、ロケットの速度に地球の自転速度がプラスされて、より早くロケットを飛ばすことが可能となります。このような地理的な優位性を、自国ロケットの打ち上げに活用することが期待されています。自国ロケットを有することは、宇宙開発大国の仲間入りの条件の一つと考えられ、今後の開発状況に注目です。

・アルゼンチンについて

アルゼンチンは中南米で初めて、1952年に宇宙飛行と宇宙探査の組織を設立しました。特に注目すべきなのが、国家宇宙活動委員会(CONAE)です。1991年に設立されたCONAEは、アメリカの航空宇宙局(NASA)に似た機能を果たしており、アルゼンチンのすべての宇宙開発を監督し、自国のニーズに合わせた衛星ミッションの設計・開発から、衛星部品の統合・調整・テスト、第三国による人工衛星打ち上げに至る、人工衛星開発のライフサイクル全体を管轄しています。

CONAEの中で最も注目されているプロジェクトの一つが、「Satélite Argentino de Observación Con Microondas"(SAOCOM:アルゼンチンマイクロ波観測衛星)です。このプロジェクトで開発した人工衛星2基には、昼夜や天候に左右されずに、Lバンドの周波数を用いて地球を観測することが可能な合成開口レーダー(SAR)が搭載されています。
SARの詳細は、2023年3月31日配信のTenchijin Tech Blogをご覧ください。

SAOCOMは2018年、2020年にSpaceXのロケットにより太陽同期軌道に投入されました。アルゼンチンではSAOCOM衛星を自然災害の予防や監視に役立つ情報収集ツールとして活用しています。SAOCOMは静止軌道ではなく、太陽同期軌道を周回しているため、アルゼンチン上空に常に位置しているわけではありません。

SAOCOMがアルゼンチン上空にいない場合に備えて、アルゼンチンはイタリアの人工衛星4基からのリモートセンシングデータを入手できる環境を構築しています。SAR衛星を開発・運用している実績から、アルゼンチンは衛星に関する技術は中南米トップレベルと言えます。

アルゼンチンでもブラジルと同様に低軌道への衛星投入能力を有するロケットの開発、射場の建設が計画されています。中南米における宇宙開発の2トップとしてブラジルとアルゼンチンが位置付けられているといっても過言ではないでしょう。

・メキシコについて

メキシコの宇宙開発は、1962年に「宇宙委員会」(CONEE)と「メキシコ国立自治大学」(UNAM)の地球物理学研究所宇宙学科が設立されたところから始まりました。

1982年に、メキシコ政府は米国のヒューズ・エアクラフト社と契約し、通信衛星2基を開発。1985年に、1号機「モレロス1号」がNASAのスペースシャトル・ディスカバリー号によって軌道に投入され、同年に、「モレロス2号」もスペースシャトル・アトランティス号によって打ち上げられました。これらの通信衛星により、農村部から都市部までが衛星通信でカバーされ、テレビ・電話・データ通信に利用されました。

さらに時代が進むと、メキシコで設計・開発された初めての衛星として、UNAMの学生が開発した超小型衛星UNAMSAT Bも軌道に投入され、その実力を証明しました。

しかし、国の機関である、メキシコ宇宙庁の設立は、2010年と遅く、それまでは大学(UNAM)が主導の宇宙開発となっていました。
メキシコ宇宙庁の設立により、ようやくメキシコは国内外の宇宙開発に対する貢献度を高める体制が整ってきました。ただし、近年は超小型衛星ナノサットの開発が中心となっており、衛星開発技術は発展途上といえるでしょう。

・中南米の宇宙産業の動向

2021年に、中南米の複数国が参加してこの地域の宇宙開発機関「Latin American and Caribbean Space Agency(ALCE)」を設立しました。宇宙開発に充てる予算が限られる中南米の国々にとっては、地域で協力しあい宇宙開発を行うことが、予算や技術の共有の観点で有利になる可能性があり、ALCEの設立は特別な意味を持ちます。

「SpaceTech-Industry-Overview-2021-Q3 p20より抜粋」

ただし、現時点ではALCEの協力でナノサットを打ち上げるという目標を立てており、まずは小規模な宇宙開発からのスタートとなりそうです。

中南米地域は、立地条件も含めて宇宙開発に有利な点がいくつかあります。例えば、赤道はロケットの打ち上げに最適な場所であること。またパナマ運河があるため、かさばる繊細な人工衛星やロケットの部品を輸送するのに便利な地域となっています。この点から、今後の展望として、ロケットの射場や組み立て場所として世界のロケットを誘致する可能性を秘めています。

ただし、ALCEの枠組みに参加した国は、アルゼンチン、メキシコ、ボリビア、エクアドル、パラグアイ、ホンジュラス、コスタリカの7カ国(ただし、オブザーバーとしてコロンビアとペルーも参加)であり、ブラジルが参加していません。

ブラジルにとっては、中国や米国との連携による宇宙産業の発展を狙っており、中南米の地域連携に魅力を感じなかったのが、不参加の理由と考えられています。ここまで述べてきたとおり、ブラジル、アルゼンチンがこの地域の宇宙産業の成長をけん引すると考えており、アルゼンチンが中南米の多国間協力を行うことで、ブラジルとの差を埋められるかが、今後見逃せないポイントです。

中南米の注目宇宙関連スタートアップ

1.SATELLOGIC

Satellogicは2010年に設立されたアルゼンチン発の宇宙スタートアップです。
同社は2022年1月にNASDAQに上場しており、2021年7月には評価額は8億5,000万米ドルとなっている注目の宇宙スタートアップです。

・SATELLOGIC社の技術解説

Satellogic社の特徴は、低軌道を周回する小型地球観測衛星にハイパースペクトルカメラが搭載されていることです。大型の衛星と比較して、製造コストが低く抑えられるほか、低軌道を周回しているので、必要に応じて特定の地域を頻繁に観測することが可能です。地球の状況をほぼリアルタイムで把握できるため、環境保護や災害対策、農業など、さまざまな分野でその利用価値が認められています。

また、搭載しているのは「ハイパースペクトルカメラ」で、普通のカメラが捉えることのできない情報を取得が可能です。このカメラは、物体から反射または放射される光の強度を、さまざまな波長で詳細に測定する能力を持っています。ハイパースペクトルカメラの詳細は、2023年3月31日配信のTenchijin Tech Blogをご覧ください。

Satellogic社は現時点で39基の衛星を軌道に投入しており、今後90基体制の衛星コンステレーションの構築を計画しています。これらの衛星は90分ごとに地球の周りを回り、ハイパースペクトルカメラを通して情報を収集することで、地球の全表面をモニタリングすることができます。

ハイパースペクトルカメラを搭載した衛星コンステレーション計画を有するスタートアップは世界に数多くありますが、軌道投入した衛星数が最も多いのはSatellogic社であり、ハイパースペクトルカメラの分野で世界をリードする存在だといえます。

出典:NewSpace

次に紹介する企業から、技術的な視点を交えた解説を記載していきます。

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