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【怪奇小説】『サナトリウムに』-第五回-

 前回仕事で訪れた時とは違い、今回はレンタカーを借りて宇野は雨里に来ていた。目的の地――町外れの山腹にある、雨里唯一の墓地がある磯寺いそでらに向かって車を走らせている途中に寄ったコンビニの駐車場で、宇野はスマートフォンで万里奈の名刺にあったアドレスにアクセスし、彼女のホームページを覗いてみることにした。

 MARINAと大きく表示されたトップ画面に、経歴やライブラリーなどの目次が並んでいる。ライブラリーをクリックすると、彼女が撮影した数々の写真が表示された。中には自分自身を被写体とした作品もある。宇野はその被写体となった万里奈をしばらく見つめると、彼女の幻影を振り払うように今度は経歴のページに飛んだ。書かれている内容は、あのサナトリウムで彼女自身がした自己紹介と大差ない内容だった。

 宇野は万里奈のホームページを見ているうちに、なぜか自分が万里奈のプライベートを覗き見しているような、そんないやらしい背徳的な感覚に襲われているのを感じた。

 宇野は断ち切るようにページを閉じてスマートフォンをしまうと、車を磯寺に向かって発進させた。


 小高い山に鬱蒼うっそうと生い茂る林の一部をえぐり取った空間に、目的の磯寺は建っていた。

 宇野はこじんまりとした古めかしい小さな寺を想像していたのだが、実際の磯寺は広い敷地の中に建てられている手入れの行き届いた清潔で堅牢な門構えの寺だった。寺そのものはそれほど大きくはないが、歴史を感じさせる重厚な佇まいをしており、訪れる者を厳粛な気分にさせるりんとした雰囲気を醸し出していた。寺の敷地内にある駐車場も広く、アスファルトで綺麗に舗装されている。宇野はそこの開いているスペースに車を停めた。

「すみません。ご住職にお伺いしたい事があるのですが?」

 宇野は寺の受付にそう告げて、自分の名刺を差し出した。万里奈と接した時と同様に、リゾート開発の調査の一環で訪れたていを装った方が話が早いと思ったからだった。

「この雨里の町おこしの件で依頼を受けている者ですが、今日は雨里に伝わる昔話などを調べに来ておりまして、こちらの磯寺のご住職にそういったお話の詳細をうかがえればと思いまして」

 受付員の中年女性は笑顔になり、

「町おこしの話は聞いてますよー。その件ですか。少々お待ち下さい」

 と、受付の中にある受話器を取り出し、どこかに連絡を入れ始めた。通話先の相手とは手短に会話を終え、すぐまた受話器を置いた。

「そのまま本堂にお進み下さい。そこに住職が迎えに行くそうです」
「本堂っていうのは、あのお寺のことですよね?」

 宇野が寺を指差す。

「そうです。そこでお待ち下さい」

 宇野は受付員の言う通りに磯寺の本堂の前まで行き、しばらく待っていると、敷地の奥の方から、住職とおぼしき人物がこちらに向かって歩いて来た。

「竹泉市からリゾート開発を請け負っている『青い鳥』の宇野と申します。今日は急に押しかけてしまい、申し訳ありません」

 宇野は名刺を出して挨拶をした。受け取った住職は笑顔だった。

「いやーっはっは! 気にしないで下さい。雨里の町おこしのためですからな。なにやら前回調査で来た時は、人魚伝説について調べてたとか聞きましたが?」
「はい。よくご存知で」
「こんな狭い田舎町ですからな。どんな話もすぐ広まってしまうんですわ。それで今日もまた人魚の話ですか?」
「いえ。今日は絹田成城がエッセイに書いた話についてお伺いしたくて――」
「双子迷宮事件の話ですか?」
「はい。彫刻家の男二人と女の迷宮入り事件の・・・・・・雨里ではそう呼ばれているんですか?」
「まあ、知ってる人達はそう呼んでますな。ほとんどの人はそんな事件忘れてますが。なんせ奇妙な話ですからなあ・・・・・・と言っても、あの成城のエッセイは、まあ書いてるのが成城ですから、面白おかしく怪奇小説みたいに脚色されてて、あれもまあ、正確に事件を伝えているかと言えば、そうでもないという話ですが」
「そうなんです。実は私も東京に戻ったあとに調べましてですね、実はあの事件には、水野谷みずのや家という旧華族のご令嬢がかかわっていたとか」

 宇野はついさっき万里奈から聞いたばかりの話を、さも自分が調べて来たかのようにつくろった。

「ああ、なるほど。だからこの寺に来たわけですか」
「はい。水野谷家のご令嬢の遺体が投げ込まれていたという墓地を拝見させていただきたくて・・・・・・。それと、何かその事件にまつわる話が、もしこの磯寺に伝わっているのであれば、そういった話も聞かせていただきたいと思いまして」
「投げ込まれた墓地といっても、まあ普通の墓地ですよ。――では、どうぞこちらへ」

 住職に即され、宇野は本堂からはずれた場所にある墓地へと向かった。そこに向かって歩いている最中も、二人は会話を続けていた。

「成城のエッセイでは、墓地に投げ込まれた遺体は、首を絞められて殺されていたとありましたが?」
「まあ、そのようですな。当時の警察が遺体の身元を調べるために、身につけていた持ち物やら何やらを調べてみたところ、華族の水野谷家の娘であることが発覚したようで。それで遺体を水野谷家にかえす連絡をして、引き取りに来るまでのあいだに、例のおとぎ話が起きたわけですな」

 と言って、住職は豪快に笑いだした。

 例のおとぎ話?

 宇野はその言葉にいぶかしみながらも、その思いを顔には出さず、とりあえず話を合わせることにした。

「あの事件には、ご住職の先代にあたる方が関わっているのですか?」
「いや。先代の先代です。私のじい様です。お祖父じいちゃんですな。とても厳しい修行を積んだ人らしく、りついた悪霊をはらってもらうために、遠路はるばる東京や大阪などからも人が訪ねて来ていたようです」
「ご住職のおじい様が悪霊祓いを?」
「まあ、大正時代というのは、悪霊退治みたいのがまだまだ信じられてた時代だったんですなあ」

 と、またも笑った。

「だから水野谷家のご令嬢に憑りついてた悪霊も、ここに投げ込まれたのが――」

 二人は墓地に辿り着いた。そこは雨里の町を一望できる、見晴らしの良い小高い丘になっていた。

「――運の尽きだったわけです。なんせ悪霊退治のじい様がいる寺ですからな」
「そのおじい様の話は成城のエッセイには出て来ませんが、成城は知らなかったんですか?」

 住職はまたも豪快に笑った。

「そりゃあ、知らなかったでしょうなあ。これは雨里でも、うちの檀家だんか衆が言いふらしてるだけの話ですから。磯寺が如何いかに霊験あらたかな寺かっていう拍付はくづけのための・・・・・・まあ私が言うのもなんですけど、作り話でしょうな」

 と言ってまた大笑いした。

「その、檀家の人たちは、ご令嬢の遺体は、水野谷家が引き取りに来るまでの間に、悪霊に憑りつかれたって言ってるんですか?」
「甦ったらしいですよ。ご令嬢の遺体は警察の遺体安置所から消えて、またこの墓地に現れたらしいです。なんのためにまた来たのか知りませんが、それを私のじい様に見つかって、その場でお祓いされたそうで」

 甦った?

 宇野は、住職の口から放たれる言葉の一つ一つに耳を疑っていた。しかし、それらの言葉に対する疑念を表情に出さないように、会話を続ける。

「それで、その水野谷家のご令嬢を甦らせた悪霊というのは何だったんです? お祓いは成功したんですか?」
「さあて。それは分かりませんが。甦ったご令嬢はじい様のお祓いの力でこの磯寺から逃げ出し、そのまま行方知らずとなったようです。それでその翌日、あの湖に男の死体が浮かんだという話だそうで」
「首が鋭利な刃物で切り裂かれていたんですよね?」
「はい。つまり、犯人は甦った水野谷家のご令嬢というわけです。あの事件が迷宮入りなのは、犯人が魔物だから、というわけですな」

 住職はまたも楽しそうに笑った。その横で、宇野は奇妙な感覚に襲われていた。

 成城のエッセイに書かれていた話。
 万里奈から聞いた話。
 磯寺に伝えられている話。――全て異なっている。

 一体どれが真実なのだ?
 水野谷家の財宝とは?
 
「ご住職。と言うことは、ご令嬢の遺体は、水野谷家に還されていないのですか?」
「そうらしいですな。どこに行ってしまわれたものやら。その件で警察はかなり水野谷家に怒られたらしいです。悪霊が憑りついて甦ったなんて言っても、信じてもらえるはずもないですしなあ。誰かが遺体を持ち去って隠したんじゃないのか? って、疑われたようですよ。でもまあ、そう疑われても、なんのために死体なんか持ち去るのか・・・・・・」

 令嬢の遺体を持ち去って隠す。――その言葉が、混乱を続ける宇野の思考に引っ掛かった。

 まさか、あのサナトリウムに――。


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