たっつー@歩き方を探して。

色々なことしてみましたが、まだまだ彷徨っています。 足掻いて生きてます。 自分の視点…

たっつー@歩き方を探して。

色々なことしてみましたが、まだまだ彷徨っています。 足掻いて生きてます。 自分の視点から、物事について書けたらいいなと。 それがどこかの誰かの役に立てばいいなと。 少しでも社会が優しくなればいいなと。 そんな忘備録です。 発達障害のグレーゾーン (APD、ASD、ADHD)

マガジン

  • 子供から、親に向けて伝えたいこと。

    親から見た子供への情報はいっぱいあるのに、子供から見た親への情報って少ないですよね。 子供たちがどう思ってるのかを、少しでも伝えるためにマガジンを書いていきます。

最近の記事

いい歳になったけんだけど、そんな今でも「ねぇねぇ今日はこんなこと発見したよ! 」って誰かに話したくて話したくて仕方ない。

    • 質問て、質問してる側も見られるよね。

      オープンクエスチョンとか、 クローズドクエスチョンとか、 横文字はなるべく使わずに書いてみる。 でも、具体的とか抽象的みたいなことは多分出てくるので、なるべく簡単に。 僕は面談を受ける機会が仕事柄多い。 転職もそれなりにしてるので、それなりに面接も受けてたりする。 そしてよく思うのが、 「この質問に意味はあるのだろうか?」ということ。 例えばこんな質問。 「あなたは真面目に仕事をしますか?」 みたいなやつ。 はいかいいえのクローズドクエスチョン。 はい以外の答えはある

      • 久しぶりに。

        久しぶりにノートを書いてみる。 ノート以外のところで、ちょいちょい書いたり話したりしてたけど、なんだかここの雰囲気でまた書きたくなってきた。 色々な人の色々な考え方が転がっているのは面白し、こういう自分語り的なものは大概日常会話で需要ないので、書きなぐるにはちょうどいい。 特に僕は現実が辛くなれば成程に、文字を書きたくなるみたいだ。 つまり、今現実が辛い。 人生の岐路というか、賞味期限というか、どう生きていくかを決めかねている。 それなのに予定が多くて大変。 やりたくな

        • 日記を書かない理由。

          僕は日記のようなものを週一で書いていた時期がある。 でも、それでは物足りないし、かと言って毎日書くには情報量が多くてまとめるのが大変。 僕自身書くことよりも話す方が圧倒的に楽だということも大きいと思う。 そこで、spoonというラジオアプリの配信を始めてみた。 やってみて分かったことは、求められているものが違うプラットフォームではなかなか需要は見つけられないということ。 考えてみれば当たり前のことだけど、やってみるまで分からなかった。 そこから新しいプラットフォームを探し

        いい歳になったけんだけど、そんな今でも「ねぇねぇ今日はこんなこと発見したよ! 」って誰かに話したくて話したくて仕方ない。

        マガジン

        • 子供から、親に向けて伝えたいこと。
          2本
          ¥500

        記事

          ドラマ、レンタルなんもしない人を見ていた。 羨ましいと思うけど、あれは支えてくれる人があって出来ることなんだと思う。 何にもしないまでは行かなくとも、自分の出来ることで人の役に立つことを願っている人は、きっと多いんだよね。 それを許してくれる場所があればいいよね。

          ドラマ、レンタルなんもしない人を見ていた。 羨ましいと思うけど、あれは支えてくれる人があって出来ることなんだと思う。 何にもしないまでは行かなくとも、自分の出来ることで人の役に立つことを願っている人は、きっと多いんだよね。 それを許してくれる場所があればいいよね。

          人のためにすることは、自分にとって楽でないといけない。

          人の為に身を削り続ける。 それができることは凄いことかもしれない。 ただ、そういう親切心や優しさは長くは続かないものだし、相手にとっても重圧になっていたりする。 無理をしなければ出来ないことは、無理をしてまでやる必要は無い。 1番悪いのは「こんなにも色々としてやったのに」と、見返りを求めること。 例を出すなら、お土産とかがそうだ。 欲しくもない人にまでわざわざ買っていって、その人がお土産を買ってこないと不満に思う人がいる。 こうなってしまったら最悪だ。 相手からすれば要ら

          人のためにすることは、自分にとって楽でないといけない。

          辛い仕事をする必要はないと思う。

          「辛い仕事をしなくてもいいんじゃないのか?」 そう思いながらも、僕は辛い仕事に従事してしまっている。 僕が思う辛い仕事とは、自分に不向きまたは自分に選択権がなく、全体像を理解する余裕も無いまま、時間に縛られて自分が集中出来る時間を選べないこと。 日本社会にあるほとんどの仕事がきっと辛い。 人よりも理解に時間がかかるし、人よりも頭の回転は遅い。注意力も欠けていることが多い。 その自覚はあるので、スピード感が求められる仕事や、納期がある仕事、ミスが出来ない仕事は特に厳しい。

          辛い仕事をする必要はないと思う。

          「出来ない」→「出来るようになった」を経験した人の大きな価値。

          最初から何かができてしまうと、その事についての難しさを理解するのは難しい。 出来ない人がなぜ出来ないのか?をわざわざ考えるてる人も少ない。 それにもかかわらず、出来ない人、苦手な人を指導しているのが、最初から出来てしまった人という場合が多い。 教えてる側は「こんな簡単なことなのに」と思ってしまうし、教わってる側は「聞いてもやっぱりよく分からない」となっている。 実際僕自身出来ないことが多いので、聞いてもよく分からないことは多々あるし、逆に得意なことに関しては、何となくでも出

          「出来ない」→「出来るようになった」を経験した人の大きな価値。

          選択の権利がない仕事に、当事者意識を持つのは難しい。

          会議で居眠りをしてしまう僕は、前にこんなことを言われた。 「当事者意識がないから居眠りなんかするんだ!当事者意識を持て!」 持てと言われて持てるものなら持ってみたいし、如何せん何を言ってるのか分からない会議の議事録は頭がついて行かない。 それに僕は何かを聞きながらメモを取る事が出来ないので、余計に大変だった。 見たことも無い言語の本を2時間かけて読めと言われて、2時間起きていられる人がいたら尊敬する。 それと似たような感じだ。 ただでさえ、通勤距離が遠いので朝早く起きて

          選択の権利がない仕事に、当事者意識を持つのは難しい。

          怒りは仕事に必要ない。

          仕事で何か失敗をすると、上司に怒られることがあると思う。 ただ、怒るということに僕はずっと疑問を持っていた。 基本的に僕は怒られる側だ。 頭の回転も悪く、いくらチェックしても小さなミスを良くしてしまう。 だから、大概何かミスを初めにするのは僕自身であることが多い。 そんな時よく思っているのは、「分かっている」ということ。 頭では分かっていても自分ではどうにも出来ないことばかり。 怒られたからと言って急に頭の回転が良くなったり、能力が向上することは無い。 むしろ、やる気は

          怒りは仕事に必要ない。

          嫌な接客を体験したので、なぜ嫌だったのかを考察。

          最近、また自分の中で釣りのマイブームがやってきた。 定期的に熱中したくなるものがやってくる。 その中でも釣りは長年少し休んでは再加熱を繰り返している付き合いの長い趣味だ。 久しぶりに釣具などを新調すべく釣具屋に行ってみた。 服屋の店員ほど釣具屋の店員は話しかけては来ない。そこはいい所かもしれない。 ただ、服屋の店員より明らかに自分達のこだわりを押し付けてくる傾向にある。 好きでその仕事をしている人が多いので、その分だけこだわりが強い。 お客である僕が、「こういう釣りがし

          嫌な接客を体験したので、なぜ嫌だったのかを考察。

          目標設定なんて言葉は、前提条件の上に成り立っている。

          「目標設定」という言葉は、自己啓発系の本や動画にはよく出てくる言葉だ。 なぜか、いつもこの言葉に出逢う度なんだかよく分からない嫌悪感を抱いてしまう。 その嫌悪感の正体は、前提条件の有無だ。 目標を設定して、その目標を目指すには前提条件が揃っていることが不可欠。 例えるなら、ソフトとハードの関係みたいなもの。 ソフトが目標、ハードが前提条件。 どんなに素晴らしいソフトも、動かすハードにその能力がなければ動かせない。そんな感じ。 大事なことなのに、その前提条件の部分の話

          目標設定なんて言葉は、前提条件の上に成り立っている。

          ”再現性”という言葉を信じすぎてはいけない。

          最近”再現の高い”的な情報商材をたまに見かける。 「お!再現性が高いなら買って損は無いな!」って思ったりするけど、ん?ちょっと待てよ?と。 再現性とは、その著者視点のものでしかない。重要なことを見落としている。 ”再現性”という言葉に惑わされがちだが、それは結局のところそれを書いた人間のスペックが大きく影響している。 再現性が高いと証明するには、それなりの人数にランダムに試してもらい、実際どの程度再現されているか?を調べなければいけないと思う。 ただ、その数字や感想で

          ”再現性”という言葉を信じすぎてはいけない。

          自分じゃなかなか気付けないことって、往々にしてある。 そんな時に、親身に向き合ってくれる誰かの意見が必要になることもまたあると思う。

          自分じゃなかなか気付けないことって、往々にしてある。 そんな時に、親身に向き合ってくれる誰かの意見が必要になることもまたあると思う。

          スマホだけで書いてると目次をつけたりできないなぁ。 スマホだけでもっと編集できるようになったら楽なのになぁと思う。

          スマホだけで書いてると目次をつけたりできないなぁ。 スマホだけでもっと編集できるようになったら楽なのになぁと思う。

          YouTuberフィッシャーズに学んだこと。

          今や世界9位のYouTuberフィッシャーズも、初めは川で遊んでいるごくごく普通の動画から始まった。 そんな彼等が世界一受けたい授業で伝えたことについて、僕なりに思うことがあるので書いておこう。 原点は川遊びから フィッシャーズの原点は幼なじみと川遊びをしていた動画から、”魚のようだ”ということで名前をつけたらしい。 動画を撮ったきっかけは思い出作りとの事だが、何事も始まりは本当に些細な出来事なんだと思う。 フィッシャーズの動画の特徴 フィッシャーズの動画の撮り方につ

          YouTuberフィッシャーズに学んだこと。