もう年も暮れに近付いてきた。今年はよく歩いた。旅先で「ここまで歩いてきた」と言うと奇異の目で見られるのにもだいぶ慣れた。歩くのは好きか嫌いで言えば好きである。け…
音楽的な素養がまるでない。自分に音感やらリズム感がないことを実感するには日々の暮らしのなかで充分だった。今の暮らしのなかでも音楽に触れる機会があまりない。イヤホ…
盆地の冬は冷え込む。冷気は山々に閉ざされ、わずかな平地に沈み込んでいた。布団から身を起こす。湯たんぽと毛布の温もりだけが暖かい。炬燵のスイッチを入れてから、顔を…
思いがけず降りてしまった。ドアが開くと、潮の香りがたちまちに出迎えた。香りにつられるようにして一歩を踏み出すと、じわりと靴底から雨上がりの湿り気が伝わる気がす…
しばらくぶりに実家に帰り、親の車を借りた。車を走らせ、国道から一本逸れた道に入った。ハンドルを切りながら視線を左にやると、何やら違和感がある。ずっと放置されて…
鱈
2023年12月29日 20:54
もう年も暮れに近付いてきた。今年はよく歩いた。旅先で「ここまで歩いてきた」と言うと奇異の目で見られるのにもだいぶ慣れた。歩くのは好きか嫌いで言えば好きである。けれども何より楽である。車だと移動中に写真を撮れないとかお金がかかることも一因ではあるが、歩いているときは自分自身にだけ責任を課せばいい。それはいろいろひっくるめて言えば、自分が怠惰だからに違いなかった。思い返せば今年は1月から毎月どこかし
2023年3月7日 20:58
音楽的な素養がまるでない。自分に音感やらリズム感がないことを実感するには日々の暮らしのなかで充分だった。今の暮らしのなかでも音楽に触れる機会があまりない。イヤホンは数年前になくしてから買っていない。それでも旅行中に気分が高揚したり、ひたすら徒歩で移動する時に歌を口ずさむことぐらいはある。大抵はむかし聞いていた邦ロックの曲が多い。高校生の時分、あまりにも音楽とは無縁だったから周囲のヒットチャー
2022年12月20日 20:18
盆地の冬は冷え込む。冷気は山々に閉ざされ、わずかな平地に沈み込んでいた。布団から身を起こす。湯たんぽと毛布の温もりだけが暖かい。炬燵のスイッチを入れてから、顔を洗おうと廊下へ一歩を踏み出すと爪先から激流のように冷たさが全身を駆け抜けた。一気に目が覚める。ここ何日かで一気に降り積もったという雪は、春になるまで溶けることはないのだろう。会津の冬は長い。雪融けを待ちて静かにただ忍ぶのは、人間も動物も
2022年3月13日 17:38
思いがけず降りてしまった。ドアが開くと、潮の香りがたちまちに出迎えた。香りにつられるようにして一歩を踏み出すと、じわりと靴底から雨上がりの湿り気が伝わる気がする。その感触を頼りに足元に目を向けると、柔らかな初春の日射しは角度を低く照り付け、ホームに影を伸ばしていたのだった。 その日は朝から雨が降っていた。岬にほど近い港町で目を覚ますと、雨音が外を満たしている。どうしようか。バスの本数も限ら
2022年2月13日 13:00
しばらくぶりに実家に帰り、親の車を借りた。車を走らせ、国道から一本逸れた道に入った。ハンドルを切りながら視線を左にやると、何やら違和感がある。ずっと放置されている休耕田が広がるだけの殺風景な場所なのだが、記憶の中に増して殺風景に感じた。それが何の違和感なのか、しばし考えると、ひとつ思い当たった。 そこにはある看板が立っていた。そして、その看板の記憶は、ある田舎町の騒動を思い出させるのだった。