記憶にございません。短編小説。

学生の朝は早い。

決まった時間に学校に行き、決まった時間に帰る。

決まった時間といってもチャイムがなる前に学校に到着すればいい。

なので日によって人の時間は多少ばらつきがある。

しかし、毎朝決まった時間になると数分の遅れもなく、下駄箱に女性がいる。

気づいた人は誰かいるのだろうか。

それとも偶然気がついた僕だけだろうか。

その子は同じクラスだが話したことがない。

凛としていて上位層の階級グループそうだから。

何て考えはもったいない。意外に話せばイメージは変わるものだ。


おはよう。大原さん。今日も早いね。

「えっと、どちら様ですか?」

ほら一緒のクラスの。

「すみません。記憶にございません」

「私は人の名前が覚えられなくて」

「1日で記憶が消えてしまうので…」

「では、失礼します」

彼女は去ってしまった。


え、1日で記憶が消える。

勉強は?音楽は?

だいたいどうやって学校に来てるの。記憶が消えるなら通学路、覚えられないはず。

もしかして何かの冗談かな?


次の日。

おはよう。大原さん。昨日話したけど覚えてるかな?

「昨日ですか?」

「すみません。記憶にございません」

「では、失礼します」

あ、ちょっと待って。

昨日、1日で記憶が消えるって教えてくれたけど本当なの?

「昨日の私はそのようにおっしゃっていましたか」

「1日で記憶は消えてしまいます」

「なのであなたの事を教えてもらっても意味がないのです」

じゃ、じゃあさそれなら勉強はどうやって覚えてるの?

「勉強などは覚えられます」

「ただ、人の事になるとなぜか覚えられなくて」

じゃあさ歴史上の人物は?

「それは覚えてます。勉強なので」

「もういいですか?」

ご、ごめん。

「それでは失礼します」

そんなことあるの?


気がつくと理科室にいた。

ここには物知りな少し変わった女性がいるからだ。

ガラガラガラ。

『やあ。来ると思ってたよ。私の予想より1分30秒遅いがね』

白衣を着て理科室の実験で使うガスコンロに火を灯し、ビーカーで優雅に紅茶を淹れていた。

『君もティータイムとするかね?』

差し出されたのはビーカーに入った紅茶だ。

いや、遠慮しとくよ山下さん。

それに大丈夫なの?

『大丈夫だ。先生には伝えてある』

じゃなくて実験で使ったビーカーじゃないの?薬品とか。

『管理してるから問題ない』

『誰が使ったかわからないものよりかは、よっぽど安全だろうに』

『よいこは真似しないでね』

そういうと山下さんは砂糖を加え紅茶を飲む。

『大原さんの事を聞きに来たのじゃないのか?』

あいかわらず情報が早いね。どこからその情報が来てるのか毎回不思議に思うよ。

『君は知らなくていい情報だ。今、君が知りたいのはなぜ、大原さんは人限定で1日で記憶が消えてしまうのか?を知りたいのだろう』

さすがは山下さん。話が早いね。記憶が消えるってそんなことあるの?

『記憶喪失があるくらいだから記憶が消えるのは当然だろう』

『ただ、1日と短い時間は確かに謎だな』

やっぱりからかわれてるのかな?

『いや、それはないと思う。もしかすると一時的に自ら人の記憶を消してるのかもしれない』

『彼女は中学生の頃にいじめがあったようだ』

『偏差値が高い高校は人数が限られるだろう』

『彼女は高校受験をもう勉強して今の学校に存在する』

『つまり何が言いたいかというと、彼女のなかで勉強以外のことは不必要と判断し、外部とのコミュニケーションを断った』

『その結果人を覚える必要はなくなった』

『といったところではないかね。コロンブスの卵君』

何でコロンブスの卵。

『はてさて、それで君はどうしたいのかね?』

それは。

『もしかして大原さんに淡い恋心を描いたのかな』

『君はテストでいつも二位だ。そして一位は大原さんだ』

『毎回大原さんにテストで負けてライバル心から淡い恋心に変わったとでもいうのかね』

それはなんというか。

『私の予想では次の期末テストまで進展はないと予想していたが、君はいつも私の予想を越えてくる変わった人だよ』

『それでその淡い恋心をどうするのかな』

『彼女にもう一度人を認識できるように努力をするのは寛大な事だがおすすめはあまりしない』

おすすめはあまりしない?

『そっ。なぜなら彼女は自ら記憶に蓋をしている。それは彼女なりの防御反応だ』

『無理に蓋をはずせばどうなるかはわかるよね』

けど、このまま卒業して大人になって一生人と関わらないって苦労しないかな。それにしても無茶なはずじゃ。

『そっとしとけばいつか彼女から気づく時が来るはずだが、その日がいつになるかは誰もわからない』

『それを決めるのは彼女次第。そして助けを求めてるのも彼女次第』

『彼女を助けるのも君次第って話だよ』

『こんな話を聞いたことがある。おせっかいと思われるぐらいがちょうどいいと』

『ここまで話して君はどうするのかね。コロンブスの卵君』

僕は。僕は。何ができる。

『私の計算だと君はもう答えがわかってると思うが』



山下さんの話はためになる。

学校の帰り道。

あ、あったあった!こんなところに。結構派手なんだな。交換ノートって。

派手な方が覚えやすいからこれでいいかな。






夢はnoteの売上でキャンプすることです。 後、ニンテンドースイッチです。 後、書籍化です。