見出し画像

超短い小説「出汁茶漬け」

「いらっしゃいませー。空いてるお席におかけください!」
カウンター8席ほどの店内はまばらに人が座っていた。会社の昼休みには、最近では節約に躍起になり、外食は我慢していたけれど、暑さなのか疲れなのか食欲のない私は、駅にある小さな出汁茶漬けの店に入った。

私は適当な席に腰掛ける。カウンターの向こうはすぐ調理場で店主が忙しそうに働いていた。少し前に鯛茶漬けが流行ったけども、そういった類のお店のようだ。

店主の後ろには調理器具が並べられており、一般的な調理バサミも壁にかけられていた。

「はい、お待たせしました、こだわりサーモンの出汁茶漬けです、お出汁はお代わり自由ですので、お申し付けください!」

店員が私が注文した出汁茶漬けを丁寧に置いていった。


茶漬けを一口啜り、昨晩のことを思い出した。


私は昨日死にたくて、調理バサミで、体を切ってやろうとした。その前には死に方を調べもした。

どの死に方も怖かった。躊躇しそうだ。悩んで沸々として過ごしていたところ、一瞬衝動に駆られる瞬間があり、ハサミを体に擦り付けてみた。

「痛っい。」
痛かったのはハサミが皮膚に触れたことじゃなくて、同時に私の足が何か、ガラスの破片などを踏んだようで真っ赤な血がどくどくと流れ出した。

赤く流れる血を見てハッとした。映画やドラマではいとも簡単に人が死んでいる。病死する人も毎日いる、老いて亡くなる人も。自死のニュースも殺人のニュースも後を絶たない。どの死も、方法は様々だが、天に召されることは同じだ、肉体が無くなることも。

毎日、咄嗟に死にたくなることが、確かに多い。ちょっとしたことなのか、それとも大きな苦難なのかひとの心のキャパシティにより多様なケースがあるかもしれない。

人生とは悩み多きものだ。生きることは容易くない。

けど辛くなったら、赤い血が流れてることを思い出してみよう。

死んだような心で過ごす日々も、体の中では多くの機能が人間を生かしているんだ。

そんな気がした。

今日も食欲はなかった。しかしたまには出汁茶漬けでも食べてみようと思った。

「うまっ。」

私は湯気が沸き立つお椀を両手で持ち、お出汁とごはんを頬張る。

上手い、温かい、おいしい、生きてるとはこういうことだ、出汁茶漬けの出汁の温かさが心に沁みた。

食べ終えて、外に出たらアゲハ蝶が私の近くをヒラヒラと優雅に舞う。空は夏の青空だ。

なんだ、あったかく思えることなら、溢れてるんだから日常に。もっと生きよう、人生は長い。

(MacBook)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?