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超短編小説「ひとりで生きてない」

僕は15歳まで母さんとしか接してない

僕はなるべく人と接しないで生きてきた。

これは僕が決めたわけじゃなくて、母さんが決めた事だ。人と関わると傷ついたり、期待を裏切られたりするからあなたはひとりで生きなさいと言われて育ってきた。

だから小学校にも行っていない。小学校でいう低学年の頃に、児童相談所の職員が何度か母を訪ねてきたが、虐待は見当たらないとのことでいつの間にか来なくなった。

それもそのはずだ。母さんは僕をすごく愛していたから。大切に大切に育ててもらった。

テレビも観なくていいよ、世の中は情報が多すぎるわ、あなたはなんの情報も無い方が幸せなのよ、そう言われてきた。だから僕はテレビも観た事がなかった。本はたくさん読んだけど。勉強も母さんが教えてくれた。

友達と遊ぶ事もないけど、母さんが歌を歌ってくれたり、手遊びや、紙に絵を描いたり、あや取りなんかしてくれた。そもそも、遊ぶ、は何をすればいいのか分からないから、僕は自分の生活がつまらないなんてひとつも考えた事はなかった。ただ一つ。
一つ気になったのは、母は僕を同世代の子たちから避けようとしていた。公園や、散歩や。話しかけられて、ほんの少し話すと、母は僕を引き離して家に帰る。だから、僕の住む世界では話し相手は母一人だった。

本当にひとりになった

ある時、母が死んだ。僕は15歳の年だ。僕は初めて会った人達だと思っていたけど、親戚一同が集まった。小さい頃に会った事があるらしい。母の兄さんは
「相続のこと話さないと」
と言っていたけど、母の姉さんが、あら兄さん、全て、息子の誠に相続する事が遺言状に書いてあったわ、甥の面倒を見るくらいなら私は財産なんていらないから良かったわ、気楽じゃないと言って笑った。

僕は生活に困らないだけのお金は残してもらえた。けれど、これからは本当にひとりだ。少し外に出るべきではないか、そんな風に思った。

15歳、外の世界に出たくなった

まずは働いてみるか、なんでもいい。履歴書を書いた、面接受けた。まさか受かると思っていなかったが、店長には

「君は思いやりがありそうだし気配りが出来そうだな。なにより誠実そうだ」

人に褒められたのは初めてだった。あまり人と喋らなくて済む仕事にした。本屋の品出しだ。

仕事を覚えてるうちに、職場の人と少しずつ話すようになった。平日のパートの山田さん、山田さんは主婦だ。僕には挨拶や、お客様に尋ねられた時の対応などを教えてくれた。時々は他愛もない世間話。昨日、旦那さんがお弁当に入れた、水菜のおひたしだけ残したこと、幼稚園の息子さんが虫歯になって夜中ずっと泣いていた事など。そんな他愛もない話は僕を和ませた。

レジは日枝さん、日枝さんは19歳の女性で、来年希望の大学を目指す浪人生だ。日枝さんは昼休みにたくさん話しかけてくれた。大検とか受けてみなよ、なんて教えてもらった。

僕は最近ではテレビや、YouTubeも観るようになった。まだまだ情報量が多すぎて情報の選別には悩む時がある。けれど新鮮だ。

それから僕は外の世界に出てしばらく経つ。母さんは人と接すると傷つくから、だから家の中にいなさいと言われた。守ってくれたのだろう。だが、母さん、僕はとうとう外の世界に出ているよ。まだまだ接し方は難しいところはあるよ。けど、助けてくれる人もいる。

「僕はひとりで生きてないよ」

目標が出来たんだ

これからも傷ついたり、何か困る事があっても自分の足でも歩けるようにしたい。

今まで、人間は良くないものと教えられてきたけど、そんな事もなかったよ。なんだか僕はわくわくしている。将来の夢も出来た。母さんが家族を作ったように僕もそうしたい。それから、君は誠実な人だねと褒められたのは、母さんが僕を大切に育ててくれたからだよ。

母さんありがとう。

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