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【感想文】戦争と平和(第二部)/トルストイ

▼戦争と平和のあらすじ(第二部)

【第2部第1編第1章~第2編第21章】
ピエールは妻の浮気相手と思われるドーロホフと決闘して相手に致命傷を負わせたけどドーロホフが実は孝行息子だったことが判明して、で、ピエールは妻エレンと絶縁状態になった一方でアンドレイは戦争から帰還して妻リーザが出産と同時に死んで、あと、ドーロホフがソーニャにプロポーズしてフラれた腹いせにニコライをギャンブルで一文無しにして、ついでにデニーソフがナターシャにプロポーズしてフラれて、ピエールがフリーメーソン会員になってアンドレイと口論になって、デニーソフの強奪事件に関するニコライの嘆願書は皇帝に拒否られたのでニコライはヤケ酒を呑んだ……的な話。

【第2部第3編第1章~第4編第13章】
第3編第2章~第26章に掛けて約150ページもアンドレイ&ナターシャの恋物語が描かれ、さらに、第4編第9章~第13章の約40ページに渡ってニコライ&ソーニャの恋物語が描かれており、はっきり言って私の青春時代にこんな色恋沙汰は一度も無かった。

【第2部第5編第1章~第22章】
ボリスが金持ちジュリイと婚約して一方のナターシャはアンドレイと婚約したけど彼の一家に全然ハマらずたまたま劇場で知り合ったアナトールにはばっちりハマったから駆け落ちしようとしたら女将さんにバレて怒られてアンドレイとの婚約も破談になって毒薬も飲んだけどピエールに慰められて結果オーライだったし、あと、流れ星もキレイだったよ……的な話。

【感想文(第2部第1編第1章~第2編第21章)】

「それってあなたの感想ですよね?」とか言うな!

ある議論の場において、相手の主張に対し「それってあなたの感想ですよね?」と言い返して相手を困惑させた者がおり、以降、彼が発したこのフレーズは、SNS等のインターネット界隈で幅広い層に用いられ、一時期は若者の流行語にも選ばれる程であった。こうした事柄について私が申し上げたいのは「『それってあなたの感想ですよね?』とか言うな!おいオマエさあ、あんまりナメてたら俺のマトヴェーヴナおばさんが火を噴くことになるぜ……」である。というわけで今回は、『戦争と平和』の第2部第2編第11章~第12章におけるピエールとアンドレイの議論を踏まえた上で「議論における感想の必要性」について説明させて頂く。

▼ピエールとアンドレイの議論の要約:

【悪と幸福に関する議論】
◎ピエールの主張:
・他人にとっての悪は正しいことではない。
・自分の為ではなく、隣人愛、自己犠牲といった他者の為に善を行うことが全ての幸福である。

◎アンドレイの反論:
・どうしてピエールは自分ではない他人の悪を知っているのか。
・現実の不幸(悪)は良心の呵責と病気であり、これが無ければ幸福である。
・私は悪を回避して自分(およびその家族)の為に生きる。
・隣人(他者)の存在が迷いと悪の根本である。
・善悪の判断は我々ではなく「全てを知る者」に委ねるべきである。

【農奴解放の是非に関する議論】
◎アンドレイの主張:

・肉体的労働者(農民)にとっての幸福は動物的幸福である。
・労働は生活の絶対条件であり、人はそれをせずにはいられない。肉体的労働の解放は死を招く行為であり、我々の知的労働もその範疇である。
・肉体的労働者に対する病気の治療は全体にとっての重荷であり、働き手は他にもいるのだから構うべきではない。そもそも現代医学は延命措置としての機能しか持っておらず完治は妄想に過ぎない。殺すのがせいぜいである。
・農民を解放すること自体は良い事だが、それは農民ではなく彼らの使用者にとって良い事である。使用者の持つ過度の権力により、使用者自身の精神は崩壊して野獣と化す。無制限の権力は不幸を導くものであり、実際にそれを見たことがある。
・一方、農民はどこでも動物的生活を送ることができるため、解放したところで彼らがこれ以上不幸になることはない。
・我々は人間の特性、良心の安らぎ、心の清らかさを憐れむべきであり、そうした性質を農民は持ち合わせていない。

◎ピエールの反論:
・(上記の全ての主張に対し)それは絶対に違う。同意できない。

【世界の真理と人生の意義に関する議論】
◎ピエールの主張:
・フリーメーソンは人生の意義を導くものである。
・地上に真理はなく虚偽と悪に満ちているが、全世界には真理があると信じている。アンドレイのように「現在の生活」を人生の単位とするのではなく視点を「永遠の世界」に移したとき、神の宿る全世界を構成するための一要素として我々の肉体と魂は存在し続ける。
・神があり来世があるなら、真理があり善徳がある。その達成を目指すことに人間の幸福があり、そのために生きるべきである。地上に生きるのではなく永遠の全宇宙に未来永劫生き続けると信じなければならない。

◎アンドレイの反論:
・どうしてフリーメーソンが全てを知っているのか。彼らが見た「地上における善と真理の王国」が私には見えない。
・(ピエールの「我々の肉体と魂は存在し続ける」という主張に対し)納得できない。人間には生と死が存在するから。
・ピエールの主張は机上の空論であり、答えが存在しない。答えは存在するものであり、答えが私を納得させる。

▼議論における感想の必要性について:

以上の議論から察するに、アンドレイは無神論かつ合理主義の様子が窺え、一方のピエールは精神や魂といった唯心論的な立場を取り、彼はアンドレイに比べると理想だけを感情的に謳っているだけに過ぎず、反論についても同様であることから「それってあなたの感想ですよね?」と言い返されても不思議ではない。がしかし、こうした彼らの議論は一見して平行線の様で実はそうではない。というのも、この議論の直後(=第12章の最後)、アンドレイの心の内に「本当だ、それを信じろ」とピエールの言葉が繰り返され、さらに、アウステルリッツの戦場で見たあの永遠の空が映し出されるとアンドレイのある感情が目を覚まし、そして <<内面の世界で彼の新しい生活が始まる大きなエポックとなった>> のである。つまり、アンドレイの中に神(God)は存在しないが別の「神的な何か」が現れたのであり、それは議論におけるピエールの述べた感想が信念となり、アンドレイの心に通じたからといえる。

▼といったことを考えながら:

感想を排した議論は、もはや議論ではなく物事をゼロイチで判断するロボットまがいの「処理」である。「それってあなたの感想ですよね?」というフレーズの多用は、人間固有の思考だけでなく弁証法的な発展を阻害するものであり、同様にSNSで多用されている「主語がデカい、◯◯なの好き、ダルがらみ、世界線、承認欲求、沼る、マウント」といった楽チン便利なフレーズについても、見つけ次第、俺のマトヴェーヴナおばさんが火を噴くことになるだろうし、あと、この感想文をTwitterに投稿したところ大量の誹謗中傷と殺害予告が届いたため僕は恐怖に震えている。

【感想文(第2部第3編第1章~第4編第13章)】

イチャイチャすな!

◎スペランスキーによる国家改造案とアンドレイの心境変化:
第3編第4章~第6章では、皇帝アレクサンドルのブレーン的存在であるスペランスキーが登場してアンドレイと意見を交わす場面が描かれており、両者は理性的な物の見方をしているからか気の合う様子が窺え、アンドレイとしても第6章において <<スペランスキーの中に勢力と粘りで権力を獲得し、それをロシアの幸福のためのみに行使する、聡明な、厳正に思索する、偉大な知性の人>> と評し、彼自身もそうありたいと望んでおり、その結果、スペランスキーに見出されたアンドレイは軍規制定委員会と法律制定委員会の委員に抜擢される程であった。しかし、一転して第18章では、皇帝アレクサンドルが演説で語った「国家会議と元老院は国家の機関である」、「政治はその恣意ではなく、確固たる原理を持たねばならぬ」、「財政は改革され、決算は報告されねばならぬ」といった発言、つまり、皇帝はスペランスキーが構想する国家改造案(立憲君主制への移行を促す草案)を鑑みた上での宣言をした訳だが、これに対してアンドレイは態度を一変して <<皇帝が国家会議で何を述べようと、おれやビーツキイに何の関係があるのだ、おれたちがそれでどうなるというのだ?はたしてそんなことがおれたちをもっと幸福に、もっとよくしてくれることができるのだろうか?>> と、無意味なものとして扱っており、その場に居たスペランスキーも平凡なものとして映り、彼の改革にも意義は認められず、そしてこれまでにアンドレイ自身が熱心に取り組んでいた法制委員会の仕事ですら空虚なものだと感じたという。

◎矛盾が示唆する幸福の可能性:
こうしたアンドレイの心境変化の発端となるのは、ナターシャとの出会いによるものと思われる。第19章においてアンドレイは再開したナターシャを見て <<今までにない幸福なものが生まれてきた>> と同時に彼は思わず泣きそうになるが、その最大の理由は <<恐ろしい矛盾>> を覚えたからであり、その矛盾とは <<ふいにまざまざと彼に意識された恐ろしい矛盾、彼の内部にあったある限りなく大きな漠然としたものと、彼自身がそうであり、彼女さえもそうである、あるせまい肉体的なものとの間にある矛盾>> との事であり、ナターシャと別れた後も <<心の中で新鮮な喜びに満たされて、まるで息苦しい部屋からひろびろした自由な世界へ出たような気持ち>> であったという。こうしたアンドレイの体験から私が思い出すのは、かつて第2編第12章においてピエールがアンドレイに語った、

・地上に真理はなく虚偽と悪に満ちているが、全世界には真理があると信じている。アンドレイのように「現在の生活」を人生の単位とするのではなく視点を「永遠の世界」に移したとき、神の宿る全世界を構成するための一要素として我々の肉体と魂は存在し続ける。
・神があり来世があるなら、真理があり善徳がある。その達成を目指すことに人間の幸福があり、そのために生きるべきである。地上に生きるのではなく永遠の全宇宙に未来永劫生き続けると信じなければならない。

というピエールの主張であり、永遠や来世を生きるといった事柄はアンドレイの性質からしてみれば矛盾の範疇であったが、ナターシャを通じてその矛盾が彼の内に同時に存在することに気づいたせいか、第19章末文でアンドレイは、ピエールの語る <<幸福になるためには、幸福の可能を信じなければならぬ>> という発言に対し、<<その通りだ>> と同意している。

といったことを考えながら、以上のことから、アンドレイはスペランスキーの様な理性的な人物よりも、ピエールの様な盲目的だが確信を感じさせる人物に興味が傾きつつあることが分かる。

【感想文(第2部第5編第1章~第22章)】

落語レジオンドヌール勲章受賞メモリアル読書感想文

▼シモンズとアナトールにおける虚栄と名誉のすり替えについて:
◎シモンズが歌う虚栄:
その昔、シモンズという女性フォークデュオがヒット曲『恋人もいないのに』において「〽︎恋人もいないのに 薔薇の花束抱いて いそいそ出かけて行きました」と歌っており、これを聴いた私は、シモンズは見栄っ張りだなあと思った。なぜというに、前述の「薔薇の花束」における薔薇の花言葉は「純愛」であることからも分かる通り、薔薇とは元来、愛の誓いとして恋人に贈るべき代物だからである。それにも関わらず、シモンズときたら恋人もいないのに薔薇を持って出かけて行くとはお門違いもいいところであり、それだけにとどまらず「いそいそ」出かけて行ったというんだからいよいよタチが悪い。だってそうじゃん、薔薇を渡す相手が居ないならボーっと歩けばいいものを、いそいそ──つまり、わざわざ急ぎ足で用事ありげに向かっており、これ見よがしの行動ともいえ、こうした状況も踏まえたからこそ私は「見栄っ張りだなあ」と前述したのであり、してみればこの曲のモチーフは「虚栄心」という事になるのであるからして……あっ!そういえば昨日、私は落語研究者としての長年の功績が称えられ、この度「落語レジオンドヌール勲章」を拝受するという栄誉に預かった。光栄である。素直に嬉しい。嬉しいのでさっきTwitterで報告したら「自慢してんじゃねーよバカ」「うぜー」といったコメントが大量に返ってきた。どういうわけか、私は他者から見栄っ張りと思われているようなのでこの場を借りて弁解させて頂きたく、で、その弁解のためには本書『戦争と平和』の第2部第5編第20章が必要不可欠である。

◎アナトールが謳う名誉:
第20章では、ナターシャ誘拐未遂事件の首謀者アナトールに対し、ピエールが <<きみ自身の満足のほかに、他の人々の幸福と平和というものがあるのだよ。きみは自分が楽しみたいために、ひとりの人間の一生を滅ぼしているんだよ。※中略※ それが老人や子供を殴り倒すにも等しい卑劣なことであるくらい、きみにわからぬはずがない>> と叱りつける場面があるが、この発言に対するアナトールの言い分は <<そんなことは知らんね。>> とした上で、ピエールに向かって <<きみは、卑劣とか卑怯とか、ぼくが、名誉を重んずる人間として、だれにも許すことのできぬ言辞を弄しましたね>> と反発して謝罪を要求、ピエールはアナトールにしぶしぶ謝罪すると共に旅費まで渡してしまうのである。

◎アナトールの虚栄/名誉としての落語レジオンドヌール:
上記引用において注目すべきはアナトールの「名誉を重んずる人間」という文言であり、ここがおかしい。名誉というのは他者からの評判を指していうのであって、アナトール本人が名誉を自称している点に彼の厚かましさが浮き彫りとなっている。そもそも彼は私利私欲の人であり、ナターシャへの接近も己の虚栄心を満たすためのひとりよがりな行動であるにも関わらず、名誉の笠を着てピエールを欺いたのである。よって、アナトールもシモンズと同様、虚栄の人である(なお、第13章でナターシャはアナトールからの好意に <<虚栄心の満足>> を覚えており、彼女も同類である)。そして一方の私はというと、虚栄ではなく名誉ある人間といえる。だってそうじゃん、落語レジオンドヌールは私が一方的に自称したり、受賞させろと強要したのではなく、他者が私に与えた勲章、つまり名誉の証なのだから。というわけで私は見栄っ張りなんかじゃないし、今後は私の事を名誉ある人物として接してくれたらいいのになあとひとりで勝手に望んでいる次第である。

といったことを考えながら、次回の感想文はがんばるので今回はこれでお願いします。

第三部へつづく

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