生活共同者がほしいんだよね。
恋人は、不確実すぎる。
恋人は、不安定すぎる。
交際宣言は、終わりのはじまり宣言。
終わりは何度経験してもちゃんと痛い。
自分でも気付かなかったところに、恋人の片鱗が散りばめられていたらしく、終わりの後はあちこちがスースーする。
だから、もう色々すっ飛ばして生活共同者がほしいんだよね。
友人の延長のような、そんな関係性ならなおいい。
そうやって重ねた時間の後に、関係性がまさに“生活共同者”や“パートナー”と呼ぶのが、最適なそれになってたらいいなって。
こうやって言うのは簡単なんだよ。言うのはね。
わかってる。だから、ボソッと呟く。
呟くだけなら自由だもん。
それに、もしかしたらこんなふうに書くことが実現に近づくのに必要なことなのかもしれないからね。