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エッセイvol.2

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2020年7月の記事一覧

8月

新しい始まりがあると、これまでのことは継続できなくなってしまう。心のなかでは両立させたい、と思っているのにも関わらず。

少しずるいのかもしれないけれども、ぼくはいろいろなものを並行してはしらせたいタイプだ。とはいえ、ぼくの身体はひとつだし、脳もひとつ、もちろん心もひとつ。

なんだけれども、思いはたくさんある。

あれもやりたい、これもやりたい、あれがほしい、これがほしい…

そういった欲望は消

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日々の生活にリズムが生まれてきた。

プロ野球の開幕から1ヶ月以上が経過し、身体が馴染んだということだろう。

梅雨の時期をなんとか乗り切り、ここからは夏を迎える。ぼくうは夏が好きではない。思い出がどうこうとかどういう話ではなく、むかしっからそうなのである。

とくになにかの理由があるわけではないけれども、好きではない、という思いが強くにじみ出る。

好きな人の好きなものに影響されるように、ぼくも

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足りないもの

たりないものもたくさんあるのだけれども、いつもの生活に戻ってきた。

喜ばしいと思いながらも、足りないものがあることに寂しさをおぼえている。

その隙間を埋める必要性があるのかどうか、今のぼくには判断がつかない。そのままでもいいような気がするし、埋めたほうがいいような気もする。

もしかしたら時間が解決してくれるのかもしれない。今は自分のことで精一杯。なるようになる。そんな気がしている。

なにかいいこと

よいこともあれば悪いこともある。

その積み重ねが人生である、ということはとっくの昔からわかっていたはずだ。それでもいやなことがあるとどんよりしてしまう。きっとこのどんよりを打ち消す、なにかいいことがあるはずなのに。

その「なにかいいこと」が永遠に来ないのではないか、なんて思ってしまったりするのはどうしてだろう。

輝かしい未来に期待をしていないからなんだろうか。それともそれ相応の努力をしてこな

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いやなこと

生きていると気の進まないことでもやらなければいけない時がある。

仕事でもそうだし、プライベートでもそう。この連絡したくないなぁとか、あれ苦手なんだよなぁ、といった感情は毎日とは言わなくても結構な頻度でぼくに襲いかかってくる。

これは会社員だからとか、フリーだからとかは関係がないのだろう。どんな生活をしていても2-8の法則のように20%くらいは、なんらかのいなやことが起こっている気がする。まさに

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共感の歌

短歌にコメントを貰った。

ツイッターなどでもらったわけではなく、短歌教室内でしかも匿名でもらっているので忖度は一切ない。それは、よい、わるいといったものではなく、共感できるというもの。

共感、は短歌をつくるときのひとつのポイントでもある。日常での一コマを切り取ったときに誰しもが共感できるものは、評価されやすい。それを意識してつくったものであったから、喜びはひとしおである。

短歌教室も残りあと

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思い出

夏が始まった、と同時に様々なことが蘇ってきた。

いつぞやの記憶を掘り起こすと、明確に夏が思い出される。

楽しい、とか、嬉しい、とか、そんな感情だけではなく、苦しい、とか辛い、といった感情も沸き立ってきた。

ぼくの頭は都合良くはできていなくて、いいことだけを切り取って「いい思い出」として掘り起こすことができない仕様になっている。

なんならいいことよりも悪いことのほうがよく思い出す。悪夢にうな

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継続すること

なんにおいても継続することは素晴らしい、とぼくは思っている。

それは大きなことでなくてもいい。小さなことでも、つづけることがなにかの役に立つ、とぼくは思っている。

もしかしたら継続したこものごと自体は誰にも評価されないかもしれないけれども、「続けることができた」という事実が積み上がるとそれは自信に変わる。

ぼくが毎日続けているこのnoteも今日で1000日目となる。大したことは書いていないし

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三方よし

これくらいの仕事量がつづくといいなぁ、と思うほどの仕事をこなしている。

体への負担もほとんどなく、睡眠時間を削ることなんてまったくない。むしろたくさん眠っている。

だが、大きな問題がある。この仕事量だと収入が少ないのだ。もうね、ほんときっついって感じの売上高なのだ。もう少し仕事量を増やさねば満足のいく収入には届かない。

仕事と収入のバランス、そして健康。近江商人じゃないけど、三方よしとなるの

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理性

書きたいことが書けない。

思考を言語化できないわけではなく、そのまま書いたらなにか揉め事の種になるなぁ、とかそういった感情が湧いてくるから書けない。

どこかの誰かを誹謗中傷したりするわけではないけれども、そういうことが頻繁にぼくの脳内では起こっている。

なんだろうか。これを書いたら…だめだな。とある種の理性が働いているということだ。

理性が働くということは悪いことではないだろう。でも、本能

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変化した心

少し前なら興味がなかったであろうものに興味を示すようになった。

例えるなら苦くて飲めなかったビールを飲めるようになったような感じだろうか。年令を重ねたことによる感覚の変化がやってきたのだろう。

少し前に部屋、というよりも作業デスク周りの配置換えを行った。そのときにできた壁面や壁のスペースにアートを飾りたくなった。

野球とは関係のないなにか、関係があってもよいのだけれども、ないほうが良いかなと

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能動的な趣味

短歌って面白いなぁ、と改めて感じた1日だった。

ぼくはオンラインでの対談や受講はNGなんだけど、短歌のこの教室だけはオンラインだけれども申し込んだ。金額も決して安くない。

それでも申し込み受講を続けているのは惹かれているからだろう。野球とはちがうなにかがそこにはある。

ちょっと考えると野球は受動で短歌は能動だからなんだということに気づく。自分でつくること─もちろん他の方の作品を見ることもだけ

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配置換え

今日は心機一転、部屋の配置替えをした。

作業デスクの向きを変え本棚の位置も多少変わった。見える景色に変化があると気持ちも入れ替わる(気がする)。

作業効率が良くなるのかは、これから次第だけれども今日の感じだと悪くはなさそうだ。しっくりこないぶぶんもあるにはあるが、時間とともに馴染んでいくのだろう。

配置替えに限らず、人は変化を好まない。めんどうだし、何が起きるかがわからないから不安にもなる。

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心を豊かにするもの

買うと決めて出かけたものの、品切れとなっており買えなかったときの落胆は大きい。これは金額の大小に限らず、である。

たとえば500円の本でも、10万円を超える家電でも落胆してしまう。今の時代はネットで買えたり、在庫確認を事前に行えることがほとんどだが、全部の品物がそういうわけではないし、わざわざ確認をせずにお店へと足を運ぶこともある。

なんでぼくだけ…と思うこともあるが、そんなことを思ったところ

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