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環境とのマッチング。

それでは遺伝子の影響が100%にならないのはなぜでしょうか?

それは遺伝子以外の影響を受けるからです。その最たる例が「環境」です。昔から「才能は生まれつきか、環境か」の議論がされてきましたが、近年の目覚ましい遺伝子解析や行動遺伝学の発展によって「どちらもらしい」というちょっと拍子抜けするような結論が出ています。

 成功法則の科学的根拠を追求してきたエリック・バーカー氏の著作「Barking Up The Wrong Tree」によれば、ニューロンとニューロンの接合部で情報のやりとりを行う神経伝達物質のひとつ、ドーパミンを受け取る「ドーパミン受容体遺伝子」において、大多数の人たちは、正常なドーパミン受容体遺伝子DRD4を持っていることがわかっています。

これに対し、一部の人たちはDRD4-7Rという突然変異種の遺伝子を持っています。DRD4-7Rをもった子どもが虐待や暴力など、過酷な状況で育つとアルコール依存や暴力的な大人になる傾向があるため、この突然変異は随分と長い間「悪い遺伝子」と考えられてきました。

しかし、3歳児を対象にした実験では、悪い遺伝子をもった子どものほうが自分の所有しているキャンディを周囲に分け与える傾向が強く、DRD4-7Rは、一般的な遺伝子DRD4よりも「利他的な性格の持ち主」であることがわかりました。同じDRD4-7R遺伝子をもった子供が良い環境で育つと、一般的な子ども以上に親切なGIVERに育つのです。

「悪い遺伝子」と考えられた遺伝子は、「環境によって全く異なる特性を帯びる遺伝子」に過ぎなかった。DRD4は多数派、DRD4―7Rは少数派。そこに優劣も良し悪しもなく、両者は単に「違っていた」だけだったのです。

「周りが才能に気づくか否か」というのも広い意味で環境のひとつです。男性であれば筋骨隆々で凹凸がハッキリした体型、女性であれば、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるメリハリのある体型は、陸上で行われるスポーツに向いています。スプリンターのヒップの筋肉は大きく盛り上がっていますし、野球やサッカーでも造形美を感じさせる肉体の持ち主がたくさんいます。

それらとはほとんど真逆の「のっぺりとしていて抑揚のない体型」は、競泳に向いていると言われています。

水の密度は空気の約830倍もあり、水中を前進する場合、抵抗は速度の2乗に比例して大きくなります。速度が2倍→抵抗は4倍、となるわけですから、いかに水の抵抗を小さくするかがスピードに大きく関係します。

ウエストが細いとその後ろの骨盤の部分での抵抗は大きくなりますし、臀部の筋肉が発達していると、臀部で水の抵抗を受けやすくなります。「いわゆるカッコいい体型」は、秒以下単位のタイムを争う競泳選手にとっては不利である、というわけです。「メリハリのない体型はスイマーとして一流選手の素質あり」を知る人が周囲にいるかどうか。才能を見出す人の存在はやはり大切です。

ここで述べている環境というのは、「プラスの環境」だけではありません。恵まれない環境からアイディアが生まれ、悪環境を好条件に転化した例もたくさんあります。

60年も前の映像が今も大絶賛される20世紀最高のサッカー選手・ペレは、アフリカからブラジルに移民した家系に生まれました。黒人差別も色濃くあった時代、経済的にも非常に困窮していて、サッカーシューズはおろか、サッカーボールも満足に買えない環境で育ったといいます。

そこで彼が父親と共に取り組んだのが「テニスボールやマンゴーなどの果実で練習する」という独自の方法です。テニスボールはサッカーボールよりも遥かに小さいですから、緻密なコントロール能力が養成されますし、マンゴーのような果実は球形ですらないため、動きが予測しづらく、「サッカーボールより難しい負荷」になるのです。


球技においては「ボールが友達」とばかりに、どれだけの時間をボールと過ごしたかがスキルに関わる、と考えられてきましたが、ペレ親子は「高次元の技術を引き出す負荷」をかけて練習してきたのです。 

貧困の中にあっても道を踏み外すことなく研鑽を続けたペレは、サッカーブラジル代表のエースとして3度のFIFAワールドカップ優勝。15歳でデビューしてから引退までの22年間で通算1363試合に出場、1281得点という金字塔を打ち立て、サッカーの王様と称されるに至りました。

22年間も現役を続けられたのも、「小さく軽い物体」で練習することで、関節への物理的な反作用も最小限にできたからでしょう。少年期からのハードな練習でダメージが積み重なり、足関節や膝関節の変形に苦しむ元サッカー選手は数え切れないくらいいるので、スポーツ医学の立場からも「ペレの極意」が広く共有されることを望みます。

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本文は、拙書『強さの磨き方』の第3章の中の「遺伝子と才能」の次のパートに記述されたものです。

才能を伸ばしていくには、たしかに環境は大切で、「ああ、環境にさえ恵まれれば」なんて思ってしまう場面も多々あるのではないでしょうか? その一方で、劣悪な環境と人種差別、そして貧困に打ち克ったヒーロー、サッカーの王様・ぺレについて紹介させていただきました。

彼のストーリーやエピソードは、サッカープレイヤーのみならず、様々なジャンルで戦う人たちに勇気を与えるだけでなく、ペレという超一流プレイヤーの方法が、現在過熱しているスポーツ界の安全・健康問題へのヒントを示している点においても、共有すべき価値があるものなのです。

拙書が発表されたのが、2022年12月2日。そして新年を迎えようと準備も整い始めた12月29日に、ペレは旅立ち永遠の存在になりました。

超一流アスリートとしてはもちろんのこと、人種差別や経済格差にも勝利した英雄として、次世代に語り継いでいきたい。そんな気持ちを新たにしました。長文をお読みくださり、ありがとうございました。そしてペレの人生に最大の祝福を!



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