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遺伝子と才能

 「才」を考える上で素質、特に「遺伝子」の話は避けて通れません。残念ながら、そして残酷ながら、私たちはある程度、遺伝子によって規定されています。たとえば身長は 80%ほどが遺伝の影響と言われていて(もちろんその後の栄養や環境などの影響はあるものの)、高身長の家系の子どもは比較的高身長の傾向があります。顔も両親のどちらかによく似たり、両方の要素がそれぞれあったりします。

 身体が遺伝の影響を受けやすいというのは感覚的にもよくわかる話だと思います。では、スポーツ、ダンス、パフォーマンスなど、身体の仕様が直接影響する分野における遺伝子と才能はどのような関係があるのでしょうか? 日本の国技である大相撲において、小兵の力士が巨漢を相手に圧勝すると、大喝采が起きます。体格的に明らかに不利な力士がハンデを乗り越えて勝利するドラマに感動するわけですが、これにもやはり条件があって、「相手とぶつかった時に当たり負けしない最低限の体躯」は必要です。もちろん人間は「変われる要素」もたくさんあるので、身長や手足の長さはそのままだとしても、トレーニングによってある程度身体を大きくしたり、頑丈にしたりはできます。とはいえ、相手がぶつかっただけで、マッチ棒のように折れてしまうヒョロヒョロの身体では、大相撲というジャンルで成功するのは相当険しい山であることは覚悟する必要がありそうです。

 キング•オブ•ポップと称される永遠のアイコン、マイケル•ジャクソン。彼のこ とをよく知らない世代に簡潔に100文字で説明する時、「めちゃくちゃ歌が上手いシンガーであり、史上最高レベルのダンスを体現したパフォーマーであり、後世に残る名曲を書いたソングライターであり、アルバムセールスが5億枚を超えるエンターティナー、でもソロではないグループでの実績も凄い。」と私は述べるようにしています(まさかの112文字)。

 伝え聞くところによれば、彼が宿泊したホテルの鏡の前の床はダンスの練習で落ちた汗で水たまりができていたそうですし、最初は得意ではなかったソングライティングに関しても、先輩であるザ•ビートルズのポール•マッカートニーやジョージ•ハ リスンに作曲指南を受けていたというエピソードもあります。マイケルがいわゆる努力の人であることは疑いようのない事実ですが、それは大前提として、彼のダンスは遺伝的な彼の身体上の特徴を生かし切った表現だとも言われています。たとえばバックダンサーたちと集団で全く同じ振り付けで踊った時、なぜかマイケルだけ目立って見えるのも彼の「手足の長さと細さ」が際立つからです。また彼は手が大きく、手や指による細やかな表現が視覚的に観客や画面越しに伝わりやすいため、キラキラ光るグローブをしてさらに手による表現に注目を集めるなどの工夫をしています。

 このように身体活動や身体表現は、自分の身体がそのまま武器、資本となります。「その人なりに才能を伸ばしていく」目的であるならば、遺伝はそこまで関係ない要素ですが、「その領域で競争に打ち勝っていく」場合は、遺伝的特徴を捉え、最大限に生かすのは非常に有効な方向性だと思います。

  では、性格と遺伝子にはどのような関係があるのでしょうか? 性格は40%ほど遺伝の影響を受けるという報告があります。これは「40%親に似る」という意味ではなくて、本人の性格はいろんな影響を受けて構成されるけれども「遺伝の影響は40%ほど」という意味です。

 身体や顔が各々違うように、脳もそれぞれ違います。CTやMRIなど肉眼で捉えられるマクロな範囲において形態的、解剖学的には似ていたとしても、細胞レベルや遺伝子レベルでは同じではありません。たとえば、ニューロンとニューロンの間で情報をやりとりする神経伝達物質を受け取る受容体の数、ニューロン間の神経伝達物質の量を調節するタンパク質、トランスポーターの数にも違いがあります。その一例として、精神の安定などに関与している神経伝達物質・セロトニンの量を調節するセロトニントランスポーターの遺伝子にもいくつかの「型」があることがわかっています。
 
 日本人の遺伝子はセロトニンの放出量が少ないタイプのSS型が65%、多いタイプのLL型は3・2%。アメリカ人ではSS型は19%、LL型は32%(残りは中間型)という報告があります。遺伝子の型の割合から「日本人は不安を感じやすい性格の民族である」ということがわかるわけです。台風、地震、津波など、大きな自然災害を絶え間なく経験してきた日本では、不安を感じやすい遺伝子のほうが生存に適していた、という説もあります。小さな地震でも「大きな地震の前兆だったらどうしよう?」と考えてしまうのも、とりあえず貯金しておく人が多いのも、いわゆる民族性なのかもしれません。
 
 アメリカは元々イギリスから新大陸に飛び出した開拓者たちが中心になって建国した新しい国ですから、基本的に「なんとかなるでしょ」的な安定したマインドが適切だったと思われます。アメリカ人は新奇探索性(新しいものごとを知ることに喜びを感じる性質)に関わる遺伝子の割合が高いことも報告されています。このように脳も、性格や思考も、100%自分で創り上げたものではなく、先祖代々から受け継がれた遺伝子の影響をいつの間にか受けているということですね。

 ここまで読まれて「遺伝子なんて関係あるか!オレはオレで自分の才能を創っていくんだ!」と思われた方、素晴らしいです、最高です。「そうなんだ、遺伝子の影響があるんだ!何か傾向が見つかるかもしれない」と思われた方、素晴らしいです、最高です。
 私がここで述べているのは「遺伝子の影響を受ける」という科学的事実であって、「それをどう生かすか」は自由です。遺伝子の影響に拘束されすぎて新たな可能性を失ってしまうのはじつに勿体ない。逆に遺伝子の影響を知らないがゆえに、適切なフィールドやポジションに目がいかないというのも勿体ない話です。遺伝子的特徴を生かそうとするのも、遺伝的特徴さえ乗り越えようとするのも人間ならではの才ですから。

(拙書 『強さの磨き方』より)


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