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逆境から築き上げられた熱狂的な宇宙コミュニティ

挑戦を支える全国各地の皆様に光を当てるSupporter Interview。今回のインタビュー対象は知的財産や事業開発を社内で手掛けつつ、社外で宇宙ビジネス活性化の有志団体を指揮する福海 由加里さん。社内外で物事を生み出す領域に情熱を燃やされている想いと背景について伺いました。


── 福海さんの現在のご活躍をお聞かせください。

私は公私合わせて5つの名刺で活動していまして、そのうちの2つが本業務、残りの3つがボランティア活動なんです。本業務としての社内での仕事は大きく分けて二つあり、一つは知的財産、もう一つは新規事業を生み出すゲームチェンジャーカタパルトの一員として、事業開発に取り組んでいます。そして社外での有志活動は宇宙ビジネス活性化に向けた宇宙人クラブ。公私共に新しい何かを生み出すところに携わっています。

パナソニックゲームチェンジャーカタパルトに関わられる福海さん


── 物事を生み出す領域を中心に活躍していらっしゃるのですね。どうしてそんなにも情熱を持っているのですか?

私はずっとパナソニックでキャリアを歩んでいるんですが、海外営業から知財の部署に移った際に、変化を感じられなくなったところが大きいんです。


── 変化を感じられなくなった?

毎月のように海外に足を運んでいた時代は、景色が変わることが当たり前、出会う人が変わることが当たり前、といった風に、毎日が変化の連続でした。けれども知財のお仕事を始めてみると、オフィスに座って黙々と実務の繰り返し。動いてるのが当たり前だった私は、座り続ける日々に、お尻が痛くなっちゃって(笑)そのギャップから私は「新しいことをもっとやりたい!」「いろんなことが変わる環境に身を置きたい!」と考えるようになっちゃったんです(笑)あまりじっとしていられない性格だったもので、自分から社内公募に手を挙げて入れてもらったにも関わらず、想像と現実のギャップに行き詰まってしまっていたんですね。


── 変化を求めて行動を開始されたと(笑)

そこで私は知財こそ新規事業を創出すべきと考え行動を始めました。最初は「何を言い出すんや」という冷めた反応というかドン引きな反応(笑)をいただいていたんですが、ちょうどその時、パテントアイデアソンやパテントハッカソンを開く仕事をするチャンスが来て、東京渋谷で実践したんです。でも、会社としては、その一回だけのイベントで終了。私は、こういう活動こそ、一回限りのイベントで終わらせず、継続してやるべきだ!と会社に訴えかけたんです。


── 福海さんの行動力(笑)新しいことにポジティブな社風でいらっしゃるんですね。

実はそうでもなくて、当初は誰も許可を出してくれなかったんです(笑)そこで私は社長室まで足を運んで直談判したんです。思い返せば四時間ぐらい(笑)相手をしてくれたトップも大変だっただろうな、と今ではちょっぴり反省も。そうしたら渋々OKを出してくれたんです。「年度内に期限を切るので成果を出してみなさい。できなかったらキッパリと諦めてくれ!」って。それを言われたのが7月、年度内まで残された期間は8ヶ月、予算は120万円。死にものぐるいでした。


── そして見事に8ヶ月で結果を出し、今に繋がっていると。

結果は出したんですが、なんと許可してくれた知財トップが退職されちゃったんですね。それで二年目以降に社内で活動を継続できなくなっちゃったんです。騙されたような気持ちになって。どん底に突き落とされた気持ちになって。それがもう本当に悔しくて悔しくて。そこで私はこう思ったんです。パナソニックの看板も予算も捨てて、手弁当で自分で、それこそ福海ブランドでやってやろうと(笑)そこで生まれたのが宇宙人クラブなんです。

NASA Asia代表Garvey McIntosh氏を招聘しNASA×Panasonicワークショップを開催


── 福海さんの悔しさから生まれたのが宇宙人クラブ。

会社だと絶対につけられないようなあえて奇抜な名前にして、その名前からくるイメージを良い意味で裏切る、圧倒的に真面目でストイックな有志団体を創ってやろうと心に決めてスタートさせました(笑)「宇宙人クラブっていう名前があかん、もっと会社が否定できないような固い名前にすればいいのに」と応援してくださる方からご指導も頂いたのですが、あえてこの名前で勝負を賭けたんです。


── 反骨精神からのネーミングだったのですね。

そしたらある時、JAXAの若田光一宇宙飛行士に出逢って、若田さんが「宇宙人クラブっていう名前がすごくいいね!一回聴いたら忘れない。」って、褒めてくださったんです。この若田さんのお言葉にすごく勇気づけられました。ちなみに宇宙人クラブには2つの意味が込められていて、1つは宇宙ビジネスのタネ創出有志活動集団、もう1つは宇宙人みたいな変わった人の集まり、なんです。


── どうして宇宙に焦点を?

会社の看板もなく、予算もなく、上層部からの応援もない、という超逆境からどうやって反転攻勢できるか考えました。まずは、どうしたらみんなに集まってもらうことができるだろうかと。宇宙ブームが来るなって思ったんです。そして宇宙がまだまだメジャーじゃないからこそ強豪も少ないし、コアなファンが集まって熱狂的なコミュニティが作れるんじゃないかと考えたんです。この閃きは当たりました。

宇宙人クラブの仲間と電子工作会を開いた時の様子


── 有志団体としてスタートさせてみて、どんなインパクトが生まれましたか?

関西の宇宙コミュニティの活性化に貢献できたことはもちろんありますが、コロナ禍で活動をオンラインにしたことで、日本全国へそして海外へと活動が広がったことは、私の想像を超える驚きでした。さらに、私個人の領域では本業に返ってきた、つまりキャリア開発に繋がったことが大きいです。知財の部署に移り、行き詰まっていた当時の私が、未来で新規事業開発に関わってるって聞いたらきっとびっくりすると思うんです(笑)


── 外での取り組みが中に活きたわけですね。

会社の中で行き詰っている人ってやっぱり多いじゃないですか。どうやっても組織を動かせない、空気を変えられないって。けれどもそこで諦めるんじゃなくて、外で実績を作れば中で道が勝手に開かれるんです。会社のブランドに頼らずに自分のブランドを作ることで、会社からの見る目も変わってきて物事は動き出す、そんなことを感じました。


── 心躍るお話をありがとうございます。宇宙人クラブのようなコミュニティ運営において、何を大切にすべきと福海さんは考えていらっしゃいますか?

リーダーが強い想いを持ち、活動を続けることにあると思います。止めようと思ったらいつでも止めれるからこそ、初志貫徹が大事ですね。それこそ松下幸之助の「梯子」に尽きると思うんです。


── 梯子とは?

私の大好きな言葉なんですが「なんとしても二階へ上がりたい。どうしても二階へ上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段をつくり上げる。」というものがあるんですね。二階に絶対に上がりたいと思った人には梯子が見えてくる。上がっても上がらなくてもどっちでもいいと思った人には梯子が見えてこない。私は新しいものを生み出すんだ!という本気の想いがあったからこそ課題を克服し、熱量の高い仲間と出会って継続することが出来ていると思います。


── コミュニティ運営の秘訣を共有くださりありがとうございます。福海さんはアイデアをカタチにするStartupWeekend(以下SW)を大阪で「宇宙」をテーマに手掛けられていらっしゃいますが、どういったきっかけからでしょうか?

2019年4月4日に東京で開かれた宇宙テーマのSWに参加したことが全ての始まりでした。宇宙系のイベントを探している中で神の見えざる手に導かれて、二泊三日で遠路はるばる東京まで足を運んで参加したんです。

遠路はるばる参加したSW Tokyo Space


── 参加されて如何でしたか?

「これだっ!」と思って感激しました(笑)けれども当時は東京でしか開かれていなくて、関西では機会がなかったんです。そこで私の拠点の大阪で開こうと決意して動き始めました。ちょうどタイミングよく私の相棒の宇宙人クラブ薮野さんが神戸でSWに参加されていて、もうこれはやるしかないという空気になりました(笑)それで、翌年の2020年2月にSW Osaka Space 1stを立ち上げました。2021年8月にはNASAとコラボして2ndを、そして2023年4月28日から始まる3rdはNASA、JAXA、内閣府の後援です。どんどんスケールが大きくなっています。

宇宙領域でご活躍の皆さまとご縁を重ね発展を遂げられる福海さん


── そうやって幕を開け発展を遂げたというわけですね。アイデアをカタチにするには何が大切だと福海さんは考えていらっしゃいますか?

続きは下記よりお読みください。


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