映画「ブラック・スワン」の底抜けの恐ろしさを本気でしたためてみました。
主演を務めたナタリー・ポートマンは
本作でアカデミー主演女優賞を
受賞しました。
この映画の核心は
彼女の圧倒的な演技力です。
一人のバレリーナが
心を壊してまで
手に入れようとしたものは
何だったのか。
この記事では、
・鏡が映すもの
・内臓をえぐること
・母の呪い
・分身としての黒鳥
4点に注目して、
ナタリー・ポートマン演じる
「ニナ」の心が壊れていく様を見ていきます。
本作は日本では
R-15指定で公開されており、
性的、グロテスクなシーンを含みます。
ショッキングな画像を
多く引用しておりますので
苦手な方はご注意してお読みください。
「鏡」が映すもの
映画において、
「鏡」の持つ意味は多様です。
象徴的な真実を映したり、
自己の内面を表したり、
異世界への入り口だったりします。
ひとつの画面の中に
空間を持った画面を
新たに加えることができるという利点もある。
本作では、
これでもかというくらいに
「鏡」が画面に登場してきます。
物語は、ナタリー・ポートマン演じる
バレリーナのニナが
夢から覚めるところで始まります。
朝。
ニナは一緒に住んでいる母に
昨晩見た夢の内容を話しつつ
視線は鏡に向かっている。
角度が別に向いている2枚の鏡には、
それぞれにニナが映っており
この後に展開される
自身の分裂をすでに表しています。
真ん中の鏡にはさらに鏡が映っていて
広がりが表現されていて
左の鏡ではニナが枠の端に追いやられていて、
その頭上にも2本の線が引かれており、
狭いところにいるように見える。
二人のニナが、
ここで一画面に示されているのです。
バレエの稽古場へは、地下鉄で通います。
窓に映ったニナの姿は
すでに暗いし
自分の顔がはっきりと見えない。
駅に近づいてきて、窓は明るくなるが
ガラスには自分の姿は映らなくなる。
バレエ団の楽屋で
稽古に向けて準備をしているカットです。
所狭しと設置された鏡。
実像と虚像が同時に映されて、
嘘と本音が行き交う「舞台裏」を表しているよう。
本作では、ニナの心が壊れていく過程で
妄想と現実が入り混じり
どこまでが真実かがはっきりしない。
画面に鏡を多く入れることによって、
鏡像と実像を同時に見せ、
その境目があいまいであることを
全編にわたって示されてきます。
稽古場には巨大な鏡が何枚もあります。
このカットは同じ視点でこの後も
何度も登場する。
映画の中の「役者」が
舞台の「役者」を演じ、
それを高い位置から見ている、という構図。
本作の構造そのものを、
このカットで仄めかしてきます。
バレエ団の演出家であるトマが
稽古場に降りてくるところでは
鏡を通してその様子が映される。
少しだけ歪んでいて
鏡像であることの割合が大きい。
登場人物が稽古場に揃いました。
「物語」の中の「物語」
演出家トマは
練習するバレリーナの間を
縫うように歩きながら
今度の演目である
「白鳥の湖」のストーリーを伝える。
少し長いですが、
本作の物語そのものの説明でもあり、
重要な示唆に富んでいるので
全文を引用します。
このセリフが述べられる最中も、
カメラは鏡と実物を何度も行ったり来たりして
現実性を揺るがしてくる。
映画の「物語」の中で
展開される「物語」。
虚像の中の虚像。
トマがバレリーナの肩を叩いていく。
「私に肩を叩かれた者は午後通常のレッスンに入れ。
叩かれなかった者は5時に私のスタジオにくること。」
ニナは新たな演目に参加できることを
喜んだ。
瓦解の発端
抜き打ちで行われた、
主役オーディション。
白鳥と黒鳥の両方を演じられなければいけない。
ニナは、白鳥を踊る。
問題ない。
黒鳥を踊る。
「動きが硬い!誘惑しろ!もっとだ!」
そこで、画面外から割り込むように、
大きなドアの音を立てて、一人の女性が
入ってきた。
本作で重要な役割である
新人のリリー。ここでも鏡を使って
実像と虚像どちらにも影響があることが示される。
ニナはこの突発的な侵入により、
動じて、バランスを崩し、ターンを失敗する。
「もういい十分だ」
次の日、自分が主役を演じられることを
トマの部屋まで直談判にいくニナ。
トマは、
「観客の想像を超えるには
まず自分を超えること。それができるのは少数だ。」
ニナは
「私にもできると思います」
と言った瞬間、トマはニナの唇を奪い、
ニナは驚きのあまりトマの唇を噛んでしまう。
その激しさが評価され、
ニナは主役を勝ち取った。
「身体」の綻び
「鏡」を多く用いることによって
本作全体が虚実入り混じっていることを
微妙なバランスで示している。
この後も、
ずっと「鏡」は重要な意味を持ち続け
多用されていくわけですが、
ここではもう一つの要素
「身体」について見ていきます。
初公演の主役を仰せつかったニナは
徐々に精神のバランスを崩していく。
その兆しは、「身体」から現れてくる。
鏡に映った背中には
蕁麻疹と、それを引っ掻いた跡が。
ほんの僅か。
右手の中指の爪の周りが
ただれてる。
化粧室へ駆け込む。
(↓痛い画像なので閲覧注意です)
ささくれた指先の皮を引っ張ると
傷口はじわじわと大きくなる。
しかし次のカットで、
傷はない。
確かに痛みを感じたのに。
・・・こんな具合に
身体の先からだんだんと
崩壊が始まっていく様子を
台詞なしで語っていくのです。
「身体」の内部へ
「君のことを知りたい」と、
ニナはトマの家に招かれる。
「恋人はいるか?」
「本気の人は誰も。」
「処女ではないよね?」
「ちがう。」
「セックスは好きか?」
苦笑するニナ。
「・・・君にちょっとした宿題を出そう。
帰って、自分で触るんだ。楽しみを知れ」
ニナは少し戸惑う様子を見せるが
翌朝、彼女は律儀に宿題をおこなう。
「身体」の内部へ、自分の指を入れる。
恍惚な表情も見せながら
艶やかに描かれる。
その日のレッスンでは
宿題の甲斐も薄く、トマから
「硬い!死体みたいだ」
ニナは指圧師へ相談にいく。
「身体」の内部へ、
今度は他人の指が入っていく。
横隔膜が縮んでいるとのこと。
ゆっくり指圧を受けるが、
トマからは
「まだ硬い!もっと誘惑しろ」
合格ラインには程遠い。
他のダンサー達を帰して
トマはニナと一対一のレッスンを始める。
不意に、
また口づけ。
主役を勝ち取ったときとは違って
今度は唇を噛むことをせず
身を任せて「舌」を絡ませ合う。
・・・
「膣」「横隔膜」「口内」
ニナの身体の内側を
「えぐる」ことによって
彼女自身の内部も、
えぐられていく。
心の崩壊が始まっていきます。
「肉親」がかけた呪い
ニナの心が壊れていく原因は何か。
世界でトップレベルのバレエ団の
開幕作で主役を担うプレッシャーは
とてつもない大きさだと思います。
でも、本当の原因はそこではありません。
彼女の心を最も重く締め付けている存在は、
「母親」です。
場面は戻って、
ニナが主役を勝ち取った日の夜。
母はお祝いに
二人で食べるには大きすぎるほどの
ケーキを用意します。
「大好きでしょ?バニラとイチゴのケーキ」
ニナは、喜ばしい表情をしつつも
「緊張して胃が縮んでるの。
そんなに食べられない。」
ここで母は笑顔から一転、
凍るような無表情になり、
ゾッとする一言を放ちます。
「わかった。じゃ捨てましょう」
巨大ケーキを持ち上げゴミ箱へ向かう母。
「ママ!やめてごめなさい!」
「私はただ、あなたが誇らしくて」
笑顔に戻る母。
ニナは母を気遣って、
ケーキを食べる。母の「指」から。
このシーンに象徴されている通り、
ニナの「母親」は、
異常なほど過保護で、独善的。
母の部屋は
自画像とニナの似顔絵で
埋め尽くされていて、不気味でもある。
ニナの帰りが遅ければ
何度も携帯にかけるし
それも出なければ、
バレエ団の事務課にまで連絡する。
ニナの背中の蕁麻疹を発見したときも
自ら服を脱がせ裸にし、
娘の「身体」の一部である「爪」を切る。
「あなたは完璧よ」と言いながら
笑顔で娘の心に重しをおろしていく。
危うい共依存のバランス
黒鳥の踊りが満足にできず、
失意の中、帰宅したニナ。
ここでも「鏡」が使われており、
ニナと母の位置が
鏡では逆になって映り込んでいる。
お互いに向かい合って座っている位置関係が
鏡の世界では
ニナが正面を向いて
母は実像のニナに向けられている。
意識の矛先が微妙に違うことを
示すのと同時に
存在が交差しているようにも見える。
父が不在のニナにとって
母は唯一の肉親であって
幼い頃から、その歪んだ愛情を引き受けてきた。
ケーキを無理して食べたことや、
主役が決まって
すぐに母へ連絡したところを見ても
ニナにとって母親は、大事な存在。
母を重圧に感じることはあっても、
それを頭から退けることはできない。
お互いがお互いに依存する。
共依存の母と娘。
その関係は、
バランスが取れているうちはいいものの
どちらか一方に
少しでも綻びが起きれば
一気に危険な方向へ進むのです。
母は、
「ママと同じ過ちを犯してほしくないの」
ニナは
「妊娠?」
母「そうじゃない。キャリアのことを言ってるの」
ニナ「キャリアって・・」
母「あなたの為にあきらめた。」
ニナ「28歳だった」
母「だから?」
ニナ「それはただ・・」
母「ただ何?」
ニナ「なんでもない!」
母「・・・背中の傷は?」
ニナ「大丈夫」
母「服を脱ぎなさい」
ニナ「いや!」
ここで部屋のインターホンが鳴る。
僅かなドアの隙間から
母は来訪者を確認する。
ニナ「誰だったの?」
母「誰でもない」
ドアに向かっていくニナ。
母「やめなさい!」
ニナ「どなた?」
同じバレエ団のリリーでした。
不意に黒鳥
母娘の共依存の関係が
もう少しのところで爆ぜるかと
思われた瞬間。
外からの来客により
危うく回避されました。
その来客は
母が玄関で反射的に追い出した存在であり
ニナにとって、微妙な存在でした。
「鏡」の章でも示した通り、
彼女はニナがオーディションで
踊っている最中に、
大きな音を立てて
急に入り込んできました。
「ウォームアップしろ」
というトマに対して
「いりません、すぐ踊れます」
と、準備なしで舞台に上がってくる。
リリーは、いつも
「急に」画面に入り込んできます。
ニナが化粧室で
指の皮を剥いてしまった時も
ドアを叩いて入り込んできたのは
リリー。
ニナが黒鳥のダンスをうまく踊れずに
稽古場で落ち込んでいる場面、
前触れなくやってきて、
禁じられているタバコをふかし、
ニナと煙を分け合う。
(実像と鏡像どちらにおいても。)
同じ空気を「肺」に収めて
ニナは悩みを打ち明ける。
この表情を見てもわかる通り、
ニナがギリギリの状況の時に、
リリーはいつも急にやってくるのです。
大急ぎで付け加えますが、
リリーはいつも必ず黒い服を着ていて、
ニナは白い服を着ている。
黒鳥と白鳥を暗示しているのは明らかです。
ニナが攻略できずにいる
「黒鳥」そのものと言える。
官能的な踊りによって、
王子を誘惑し、白鳥を自殺に追い込む存在。
そんな彼女が、
母娘の間に割って入って、
ニナを外に連れ出していくのです。
崩壊とカオス
母親に対して、
初めて反抗したニナ。
次の日は大事な舞台の稽古を
控えているのに、母の制止を振り切って
ニナはリリーと一緒に飲みに出かける。
混ぜ物なし。
天国までぶっ飛べるよ。
リリーは麻薬を勧める。
「やめとく。」
一度は断るニナ。
化粧室に入り、
直前にリリーから受け取った
「黒い服」を着て、
母からの着信を無視し、
席に戻ろうとするところで、
画面中央に「線」が現れる。
「鏡」ではなく擦りガラスに映ったニナの顔は
消えかけているように見える。
そして、その「線」を超えた時、
ニナの心の崩壊は
決定的なものになるのです。
席に戻ると、
さっき断った麻薬がお酒に混ぜ込まれる。
リリー「楽しみを知ってほしいの」
ニナ「ほんとに2、3時間だけ?」
リリー「長くて。」
ニナは一気に麻薬入りカクテルを飲み干す。
効きが回ったニナを
リリーがダンスホールへ連れていく。
ここからの52秒間は
大音量のダンスミュージックに乗って
赤、緑、黒、の画面が
コマ単位で明滅して入れ替わり
ニナが身体的、精神的、性的に
崩壊していく様が表される。
画面では、ニナが踊りながら、
リリーとも男とも
性的に交わっていく様子が
かろうじて確認できる。
ここで、野暮なこととは知りつつも、
普通に見ていては認識できない
「1コマ」(1/24秒)で
どんなものが映り込んでいるのか
再生と停止を繰り返して、確認しました。
キャプチャーを撮っていると
本当に頭がクラクラしてきて、
気分が悪くなってくるほど。
ショッキングな映像を含みますので
苦手な方はご注意ください。
・・・野暮なことをして確認できたのは、
ニナと他人の区別がなくなっていくこと、
大勢の顔が歪んでいくこと、
黒鳥としてのニナが入り込んでくること、
などでしょうか。
これでも52秒のうちのほんの一部で
捉えきれてないコマがまだまだあります。
サブリミナル効果を使って
無意識のレベルで
観客をニナと一緒に
虚実入り混じるカオスな世界に
トリップさせていったのです。
自分自身
母娘の共依存から脱し
クスリの作用も相まって
ニナの内部は混沌な様相を呈していく。
主役として初舞台の日がやってきました。
本作のクライマックスです。
「君の成功を阻むのは君自身だ。
邪魔者は消すんだ。解き放て。」
「身体」の不調は
とっくに限界を超えている。
登場シーンは問題なく
いつも通り美しい白鳥を踊るが
バックダンサーが自分の顔になっている。
ニナを振り付けで持ち上げる役の
ペアの男性ダンサーが
リリーとデキているのを見る。
その男性がニナを持ち上げる場面では
身体を落とされてしまう。
落とされたことの悲しみか、
舞台の演技としての悲しみか。
多層的な表情に。
第一幕が終わり、
緞帳が下される。
トマ「さっきのは一体なんだ?!」
ニナ「私のせいじゃない!彼が落としたの」
失意の中、楽屋に戻ると
ニナの化粧台には
リリーが席を取っている。
「出だしから散々ね」
ニナ「ここから出てって」
リリー「次の幕を心配してるの。
そんなんでちゃんと踊れる?」
リリー「ねえ、こうしない?」
鏡越しで話しかけていたリリーが
振り返ると。
ニナの姿に変わっていて
「私が代わりに黒鳥を踊る。」
「ほっといて!」
自分の姿をした、なにかを
姿鏡に突き飛ばすニナ。
「鏡」が割れる。
「私の番!」と黒いニナが言う。
「私の番!」
これまで
多層的に使われてきた「鏡」が
「凶器」になって自分自身を貫く。
リリーは自分自身だった。
黒鳥としての自分を体内に引き入れた。
「私の番。」
リリーの死体はシャワー室へ隠される。
ここからは、もう、
狂気としか言いようのない姿で
舞台へ登ります。
黒鳥が踊る。
力強く、躍動感あふれるダンス。
皮膚からは黒い羽が。
見ているこちらの方も
否応無く鳥肌が立ってくる。
黒鳥は回る。
荘厳な音楽に乗って、
黒い翼の空を切る音が響いていく。
黒鳥の羽音が大きくなる。
大歓声に包まれた
黒鳥のニナ。
トマに口づけし
今までのキスとは
全く違うことを示した。
歓声の鳴り止まぬ中
ニナは楽屋に戻る。
ドアがノックされた。
リリーの姿が。
「さっきの踊りは素晴らしかった。
次の幕もがんばって。」
シャワー室をあけてみると
そこには何もない。
腹部に異変を感じる。
「鏡」の破片が突き刺していたのは
象徴でもメタファーでもなく、
本当に自分自身(の内臓)だった。
途切れかける正気を
なんとか持ちこたえながら
白鳥のメイクをし
最後の幕に挑む。
儚げに、美しく。
腹部の血はにじむ。
崖の上に降り立ち、
悪魔を見て、王子を見て、
母を見る。
そして、身を投げる。
「感じた。」
「完璧」
「完璧だった」
大歓声が響く中
白鳥は光に包まれ
その幕をとじた。
まとめ
最後までお読み頂き
ありがとうございました。
・・・ここまで長くなるとは、
自分でも思っていなかったです。。
あれもすげー
これもすげーと
楽しみながら書いているうちに
すごい文量になってしまった。
ご覧いただいた通り、
全てはナタリー・ポートマンの
やばすぎる演技があってこそのことです。
山ほど画像でご紹介しましたが、
映像で表現される凄さの、
100分の1くらいしか
お伝えできていない気がします。
何度見ても鳥肌が立つし、
理由不明な涙が流れてしまう。
「演技」が持つ凄まじさを
再確認できました。
まだ見ていない方はもちろん、
すでに見た方も
いまいちど、ナタリー・ポートマンの持つ
演技の凄さに浸ってみてはいかがでしょうか。
あなたのより良い映画体験を
願っています。
ここまでお読み頂きありがとうございました。 こちらで頂いたお気持ちは、もっと広く深く楽しく、モノ学びができるように、本の購入などに役立たせて頂いております。 あなたへ素敵なご縁が巡るよう願います。