現代の政治学を学びたいなら必読の一冊『政治的な生き残りの論理』の文献紹介
あらゆる政策決定で、公平中立な立場をとり、すべての人の立場に寄り添える政治家は、私たちにとって理想的だと思えるかもしれません。
しかし、このような理想的な政治家が長期的に権力を維持することは現実的には不可能です。政治の世界で生き残りを図るには、政権を支える集団だけを優遇し、彼らの忠誠を利益誘導で繋ぎとめ、反体制派に回る人々を抑圧しなければならないためです。現代政治学は、このような政治に特有の社会現象にも合理性があることを説明するため、独自の理論体系を発達させてきました。
『政治的な生き残りの論理(The Logic of Political Survival)』もそのような成果を踏まえた一冊であり、アメリカの著名な政治学者が共著者として名を連ね、学界で高い評価を得ています。
Bruce Bueno de Mesquita, Alastair Smith, Randolph M. Siverson, James D. Morrow. 2003. The Logic of Political Survival. MIT Press. https://doi.org/10.7551/mitpress/4292.001.0001
勝利連合を制することこそが政治の鉄則
この著作の議論は多岐にわたっているので要約が難しいのですが、基本的には権力の獲得、あるいは維持という目的を達成するために、政治家は最適な戦略を選択しようとしますが、それは常識に反する行動となって現れることを説明しています。
著者らが提案している理論を理解するには複雑な数理モデルに取り組まなければなりませんが、ここでは数理モデルの内容には触れず、理論のポイントだけを示すことにしましょう。
まず、著者らは政治家が何らかの目的を達成するためには、権力を保持する必要があるという前提を置くところから議論を始めています。しかし、どのような政治家であっても、自分の意向だけで権力の座にとどまり、政府を運営することは不可能です。
そこで、政治家は政権に不可欠な人物たちを味方につけて、自分のために働かせなければならなくなります。著者らはこの権力の維持に不可欠な集団を勝利連合(winning coalition)と呼んでいます。
勝利連合の所要規模は民主主義の下では大きくなる傾向がありますが、権威主義、全体主義になるにつれて小さくなっていく傾向があります。したがって、民主主義と全体主義のどちらでも、勝利連合を管理する必要性があるということに変わりはないのですが、政治家が勝利連合の規模が異なるために、採るべき最適戦略はまったく違ってくるのです。
政治家が勝利連合の管理で直面する問題は突き詰めれば資源分配の問題と言い換えることができます。政治家は自分の権力を保持するために、勝利連合の構成員たちを自分のために働かせなければなりません。しかし、部下もただで従うわけではありません。彼らには報酬が必要です。
何らかの見返りを与えなければ裏切り行為に手を染める可能性があります。政治家が勝利連合の構成員に与えることができる資源とは、納税者から徴収した税金です。政治家は、その税金を公共の事業のために支出するだけでなく、私的な目的のために流用することを考えます。
勝利連合に便益を、その他の民衆(選択民)に負担を
もし民主化が進んだ国であれば、勝利連合の構成員は数えきれないほど大きな数になります。選挙制度にもよりますが、当選に必要な動員数があまりにも大きいと、政治家は幅広い人々に便益をもたらす公共性の高い事業に予算を配分する方が政治的に有利です。
民主化が進んでいない全体主義、権威主義の国であれば、勝利連合の構成員はほんのわずかであり、個人名を特定することさえできる場合があります。このため、彼らの忠誠心を繋ぎとめるためには公共事業に多額の予算を配分するよりも、私的な財やサービスを与える方が政治的合理性があるのです。
最終的に政府支出を負担するにもかかわらず、便益を受け取る機会に恵まれないのが勝利連合に含まれない集団が選択民(selectrate)です。著者らは選択民を実質的な選択民集団(real selectrate)と名目的な選択民集団(nominal selectrate)に分けて考えていますが、ここでは単純化のために区別しないことにします。ただ、政治家の立場から見れば、選択民は勝利連合を豊かにするための財源となる集団であり、彼らをどこまで徹底して搾取できるかが政治的成功のカギを握るということをぜひご理解ください。
もし民主化が進み、勝利連合の規模が大きくなれば、全国民に占める選択民の規模は必然的に小さくなってきます。こうなれば、政治家はより広い範囲の人々に富が配分されるように予算を配分し、公共的な事業を実施しなければなりません。ただ、勝利連合の構成員一人当たりに配分できる便益はより小さくなるので、忠誠心を維持することはより困難になります。
そのため、政治家は可能な限り勝利連合の規模を小さくし、より広い選択民により重い税負担を課す方が、権力を長期にわたって保持することができます。選択民の規模に対して勝利連合の規模を最小にするような政治システムを構築することが権力を保持する秘訣であると言ってもよいでしょう。
まとめ
決して簡単な内容ではありませんが、この著作は現代政治学の成果を巧みに統合した研究であり、当面は政治学の基本文献であり続けると思います。特に権威主義の独裁者がとる政治行動の特殊性を、政治制度との関係で論理的に説明できることは、この著作の大きな強みであると言えます。
ただ、洋書であり、また専門書でもあるため、誰にでも薦めることができるような著作ではありません。これから政治学の研究者を志す人が、覚悟を固めて挑戦すべき研究書です。
より軽い読み物でこの理論を学びたいという方は、代わりに『独裁者のためのハンドブック』を読んでみてはどうでしょうか。こちらでも『政治的な生き残りの論理』の分析の一部が紹介されています。
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