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翻訳資料『中隊将校のための100のヒント』第一次世界大戦で活躍した豪軍の名将モナッシュが示す軍隊教育の基本原則

ジョン・モナッシュ(John Monash)は、オーストラリアで国民的英雄として名高い軍人です。1914年に第一次世界大戦に参戦したイギリスは、本国で部隊を動員するだけでなく、オーストラリアとニュージーランドにも戦争に協力することを求めました。

間もなくしてオーストラリア・ニュージーランド軍団(Australian and New Zealand Army Corps、以下ANZAC)が編成されましたが、オーストラリアとニュージーランドの両国にとって軍隊を海外に派遣することは、自治権を獲得してから初めてであり、派遣部隊の教育訓練が急がれていました。

ここに訳出した『中隊将校のための100のヒント』(1914年11月23日、メルボルンにて出版)は、ANZACの第4歩兵旅団の旅団長だったモナッシュが軍隊教育の基本原則を部下に教えるために作成した資料です。モナッシュの生い立ちや著作を執筆するまでの経緯に関しては本文の後に置いた訳者解説で詳しく解説しているので、そちらを参照してください。

底本はオーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)が所蔵するFourth Infantry Brigade. 1914. A Hundred Hints for Company Officers. Melbourne.を使用しました。この史料はデジタル化されており、オンラインで閲覧することができるので、原文を参照したい方はこちらのページにアクセスしてみてください。分かりやすさを第一に考えて訳文を作りましたが、どうしても解説が必要だと思われる箇所が出てきたので、そこは※印で補足を追加しています。訳文の中で()で括っている箇所は訳者の判断で追加した言葉であり、原文にないものです。


『中隊将校のための100のヒント』

オーストラリア陸軍大佐 ジョン・モナッシュ 著
武内和人 訳

1
戦闘で勝利を収めることが、あらゆる軍事訓練の唯一の目的であり、また究極の目的である。

2
戦闘では平素から戦争術の原則を研究しているかどうかが厳しく試される。さまざまな学問分野と同じように、試験準備を怠り、原則の使い方を間違えれば不合格になるだろう。ただし、この(戦争という)過酷な学校では学生が追試を受ける機会がめったに与えられない。

3
間違いがあれば、いつもその場で正さなければならない。さもなければ、間違った慣習が作り出される。そのような慣習を根絶やしにすることは難しく、また貴重な訓練の時間を無駄にすることになる。

4
何か間違いが起きたとしても、非難されるべきは特定の個人でないことがほとんどである。失敗の原因は上官の監督が不十分、あるいは上官の命令に含まれていた欠陥であることが多い。このような失敗の原因を可能な限り調べた上で、対策を立てるべきである。

5
あらゆる批判には(その人物に対する)思いやりがあり、また有用なものでなければならない。やる気を削ぐような批判は断じてあってはならない。また、その人物の部下が見ている場所では批判してはならない。

6
すべての指揮官は、指揮する部隊の規模がどれほど小さくても、その訓練に対して責任を負っている。その部隊の訓練が非効率であるならば、責任が問われるべきは、その部隊の指揮官である。

7
自分の職務が何かを知る将校は、頑固であり、また公平である。いい加減な知識しか持っておらず、部下と「お友達」になろうとする将校よりも、部下に高い水準を達成することを求める将校は尊敬され、よい成果を上げることができる。

8
戦闘で勝利を手にするのは隊列の中にいる兵士たちである。将校は、敵に勝つために、兵士を正しい方法で、正しい時機に、正しい場所へ連れてゆくリーダーである。したがって、将校が常に考えるべきことは、兵士の闘争心と健康状態を維持することである。

9
すべての将校は、部下が快適な暮らしを送り、心身の健康を保っているかどうかを真っ先に心配しなければならない。つまり、自分のことを心配する前に、部下が休養をとれているのか、敵の奇襲から掩護されているのか、給食や衛生に問題はないか、状況が許す限りの処置が講じられているかを確認しなければならない。

10
いつも最善を尽くすように努めよ。完璧に任務を遂行できることなどありえない。しかし、あらゆる手を尽くす習慣を身につけた人物は、(それぞれの状況下で)最大限の成果を上げることになるだろう。また、そのような人物がいれば、強いストレスがかかる状況であっても、明るい精神で部隊を活気づけるので、かけがえのない存在になるだろう。

11
当たり前のことではあるが、将校は部下以上に自らを犠牲にする覚悟があることが期待されている。たとえ、戦闘・戦役において最悪の状況に陥ったとしても、将校は活動的で、満ち足りた姿しか部下に見せるべきではない。将校が不平不満を口にしているのを部下が耳にしてしまうと、連隊の雰囲気は落ち込んでしまう。

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