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自分が間違っていたと認めることは、あまりにも難しい『間違えてしまったが、それは私のせいじゃない』の書評

何かを間違えてしまったときに、本当は自分のせいだと分かっていたのにもかかわらず、それを他人のせいにしたことはないでしょうか。

心理学的に人は自分が間違いを犯すことによって、自分に対する肯定的なイメージを保つことが難しくなり、自尊心が高い人ほど間違いを認めようとしません。自分が犯した間違いが大きくなればなるほど、それを間違いと認めた際に支払う心理的なコストは大きくなっていくので、その過ちを是正するチャンスを逃してしまうのです。

2007年に初版が出た『間違えてしまったが、それは私のせいじゃない(Mistakes Were Made (but Not by Me))』はそのような罠を解説した心理学者キャロル・タフリスとエリオット・アロンソンの一般向け啓蒙書であり、2016年、2020年に再版されました。政治学者にも注目されている一冊です。

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とあるUFOカルトの信徒が示した驚くべき反応

この著作ではさまざまな興味深い事例が取り上げられています。その事例の一つとして終末論的カルト団体の例があります。

これは複数の心理学者が密かに潜入調査していた小規模なカルト的な宗教団体でした。教祖のキーチという女性は世界が終末を迎えることになるが、自分を信じてついてくれば、神秘的な力で未確認飛行物体(UFO)を呼び寄せ、それで安全に宇宙へ避難できると信徒に説いていました

潜入調査では信徒の一部が仕事を退職し、家を売り払い、貯蓄を使い果たしたことが確認されました。信徒の間では極めて近い将来に宇宙で暮らすことになると強く信じられていたので、家を売り払う決断を下さなかった信徒も、終末の時が近づいてくることを心の底から恐れていました。

12月20日に終末が予定された日が来ると、財産を手放した人々は預言者の家に集まり、宇宙船を待っていましたが、真夜中になってもその兆しがありません。そのため、真夜中の2時になって信徒は強い不安に襲われました。時刻が深夜の4時を過ぎると、とつぜん教祖キーチは信徒の強い信仰心によって世界が先ほど救われたことを宣言しました

すると、絶望から解放された信徒は喜びの声を上げ、このことを多くの人々に伝えるためにマスコミに電話をかけはじめました。通りに出かけて通りすがりの人々に布教を始める人も出ました。

教祖の予言が外れれば、信徒はそれが間違っていたことに気が付くはずだと予測していた心理学者たちは、この異様な信徒の反応に驚きました。UFOカルトの教祖が間違った予言をしていたことが明らかになったにもかかわらず、信徒の不合理な信念が強化されたのです。

人間の心理としての認知的不協和の根深さ

UFOカルトの事例は、客観的に間違った信念を持つことで発生する現実との緊張状態を軽減するために、不合理な信念を強化しようとする心理があることを示しています。

当時、この教団を調査していた心理学者レオン・フェスティンガーは著作『認知的不協和の理論』(1954)の中で、人間の認知の仕組みとして、相容れない認知を感じた際に覚える緊張を「認知的不協和」と名付け、人間にはこれを軽減しようとする傾向があることを理論的に説明しようとしました。

この理論が興味深いのは、認知的不協和を軽減する傾向は認知的不協和が大きくなるほど強くなっていくということです。つまり、プライドが高い人は自分の間違いを認めるために、より大きな負担を強いられることになるのです。常識的に考えれば、人間は納得できない不快な仕事をすることを嫌うはずですが、そのような仕事をする羽目になってしまった理由を正当化する信念を獲得してしまうと、その仕事をすることに強く執着するようになっていくのです。

このような研究に基づくことによって、著者らは「ほとんどの人は、自分が間違っている証拠を目の当たりにすると、自分の視点や行動を変えず、それを粘り強く正当化する」と確信を持って主張しています。不合理な信念の強化はカルトの信徒だけに限った事象ではなく、基本的に誰にでも起こり得ることなのです

このような認知的不協和による不合理な信念の強化は、その人の記憶を書き換えてしまいます。これは実に興味深い心理であり、第3章で詳しく説明されています。そこでは自分を正当化するために、自分にとって不都合な記憶を消し去るだけでなく、まったく事実に反する出来事を組み合わせることがあることが実証的に説明されています

これは一般人だけに限った話ではなく、科学のトレーニングを受けた研究者にも当てはまります。製薬会社の援助を受けている研究者の研究成果は、製薬会社の製品である薬の効果を肯定的に評価する傾向が強く、そうではない研究者に比べて強いバイアスが生じることが分かっています。

法廷に立つ弁護士、検察官が罪を犯していない人を刑務所に送ってしまったことが後で発覚した際には、自分自身を正当化するために当時の記憶を書き換える事例があることが報告されています。誤った情報に基づいて戦争を始めた政治家も当時の状況で自分がどのような行動をとっていたのかについて、自己正当化のために事実ではない出来事を記憶の中で作り上げることがありました。

これらの行動は意図的についた嘘であるかもしれませんが、そうではないかもしれません。いったん自己を正当化しようとすると、その罠から逃れることはどんなに知的な人物であっても難しいことなのです

まとめ

政治の歴史においては、一見すると不可解に思える内容のプロパガンダが強い影響力をもって人々を動員してきました。そのことに疑問を抱く人は少なくないと思います。

しかし、この著作を読めば、そのような疑問はなくなるのではないかと思います。それどころか、むしろ不可解な考え方であった方が、認知的不協和も強くなるので、長期的に考えればより強くその人の思考を縛り付けることができることにも気が付くことでしょう。

もちろん、現実から大きく乖離した世界観や価値観を受け入れられる人を探し出すことは簡単なことではありません。しかし、それをいったん受け入れさせれば、彼らは強い認知的不協和を感じるたびに、自己正当化を図るので、その信念をますます強化し、より忠実になっていくと考えられます。その危険性を考えれば、このような著作を通じて認知的不協和について知ることの重要性は明らかです。


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